俺の父さんは脚本家や演出家として、母さんはプロのバスケ選手としてほぼ家にいない。
その間の家事は全部俺がやっている。
家に着くがもちろん誰もいない。
クソっ…
心の中で舌打ちをして、空っぽのスマホを床に投げつけると、リビングのソファで眠りについた…
次に目覚めたのは誰かに体を揺すられたから。
一卵性双生児の結依と玲依、小学2年生。
2人とも元気で常に明るいからいつも家の中のギスギスした空気も明るくしてくれる。
悠翔は1つ下の弟、14歳で中学2年生。
同じ薊ヶ丘中学校に通っている。
アイツに劇を習ってどんどん上達してるらしい。
財布だけを持って、俺は外へ。
俺がしたい用事なんてもう1つしかない。
アイスはちゃんと買って、家のドアノブにでもかけておこう。溶けたら冷凍庫に入れればいいし。
近くのスーパーでロープとアイスを買って、家まで来るとロープを手に持ちアイスの袋をドアノブにかけた。
そして、向かったのはここから歩いてスグのところにある小さな山。その山に着く頃には月が見えた。
独り言をぶつぶつと呟き続けながら、ロープを輪に結んで頑丈そうな木に引っ掛ける。
木の上を登り、ロープを引っ掛けた木の枝の上で首を輪の中に通す。
何だっけ…こういうのって長い間見つからなかったら先に死体が腐って頭と胴体がおさらばになるってなんかの本で読んだ気が…
グロいけど、1番いいのはそんな腐った状態じゃなくて骨になった頃に見つかることかな。うん。
最期にそう呟くと、俺は木の枝から飛び降りた。
呼吸が出来なくなりどんどん苦しくなっていく。
手先が冷たくなって、頭が熱くなる。
薄れていく意識の中で俺は月明かりで照らされた薊を見つけた。
薊は俺が1番好きな花。
その薊はピンクで棘が凶器にも見える。
薊の花言葉が頭に浮かび、花言葉の“言葉”に連れられて好きな言葉が意識が消える寸前に頭に浮かんだ。
……最期ま、で…何考、えてる……んだ…ろ……。
そこで俺の意識はプツリと切れたのだった。
薊の花言葉…厳格…触れないで…独立…
…そして ───
───── "報復"。
首にはまだロープが絡まっていて、その先を辿ると腐っていたのか根本から折れた太い木の枝。
座り込んだ状態で視線を前に向けると、あの薊がまだ月明かりに照らされていた。
そう言葉にすると、俺は首に手をやった。
触っただけでも分かるロープの痕。
ロープはしっかりとした物を買ったから、俺みたいな体重で千切れるはずもない。
と、言って俺はわざと腐っている木の枝を選んだわけでもない。
本気で死ぬ気だったんだから。
でも、死ぬのはやめた。
きっと俺は神に命を拾われたんだ。
まだやるべきことがあるから来るなって。
ロープを首から外して薊の前に膝をつくと、空に浮かぶ月をぼんやりと見つめた。
すると、無意識に口が開く。
因果応報、それは過去や前世とかの行動の善悪によって今の幸福や不幸があり、今の行動によって未来の果報があること。
俺は今まで頑張ってきた。
何をされても怒らないで、静かに過ごすことを目標にしてきた。その行動が自殺しても死ねなかったってことだということにしとく。
逆にクラスの奴らは?
人がいじめられてるの見て笑うは見て見ぬふりする奴はいるわ、善悪の悪に染まっている。
それなら、未来には悪が訪れる。
ちょうどいいじゃん。
俺が好きな"因果応報"と薊の花言葉である"報復"の組み合わせ。
別に感情的になりたいわけじゃない。
これだけやられたらそろそろ因果応報として、クラスの奴らに悪い報いがきてもいいはず。
でも、待ってるつもりはない。
"報復"だ。
全員に見合った報いを俺がプレゼントしよう…。
薊に心から微笑んで、立ち上がった。
見えない神様と薊にお辞儀をして立ち去る。
長く外にいたせいで溶けてしまったアイスを買い直すと家に戻り、玄関に置くと結依達に声をかけて首を見られる前に自分の部屋へ。
部屋にある救急箱から包帯を取り出すと、痕を隠すように首に巻いた。
そして、3年生になったときにもらったクラス名簿を見て、小さく微笑む。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。