第27話

リウ/海のような愛(3)
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2024/06/22 11:00
あなたside

 憂鬱な時に見に来た海は、いつしか彼に会うための言い訳になっていた。

 悩みがあってもなくても海に行き、ひたすら自転車のチェーンの音が鳴るのを待った。

 彼を待つ間、大好きな海を前にしても、どこか心が落ち着かなかった。

 それはきっと、私にとっての海が彼になったから。

 私が何を言っても動揺せずに、私を受け止めてくれる彼。声も出さずに、微かな息でたまに笑う彼。なかなか合わない目の下に、綺麗なほくろがある彼。

 そんな彼の隣にいると、静かで穏やかな海に、髪を少し揺らす心地よい風。ほどよく雲がかかった空を思い出した。

 そんな美しい景色に、閉じ込められる気分になった。

 でも、だからこそ足りなかった。

 辺り一面美しい青に囲まれるだけでは満足が出来ない。海が荒波を立てるところも見たかったし、夕焼けで真っ赤に染まるところも見たかった。

 私を受け止めるだけの海が、いつか私の空っぽな心を満たすほど暴れることを願った。

 私が彼を求めて愛するように、彼にも愛されたかった。

 誰かに愛されたかっただけの私はもういなくて、ただ彼の愛だけを求めた。


 
No side

RW「最近よく会うね」

 『……まぁね』

 あなたに会いたくて来てるから。なんて言葉は言えないあなただった。

 彼を好きになってから、嫌われたくない思いが強くなり、下手に動けなかったのだ。

RW「……なんかあったの?」

 海が彼女にとっての避難場所だと知っているリウは、以前より明らかに彼女と会うことが多くなり、心配していた。

 『……いや、別に?』

 『言ったでしょ、好きで来てるだけだって』

RW「ふーん、ならいいけど」

 ちらっとあなたの顔を見て、様子を伺ったリウだったが、いつから見ていたのか、あなたとしっかりと目があってしまい、すぐさま目を反らした。

 一度気付くと、気にせずにはいられないほど、自分を追いかける視線にリウは戸惑った。

RW「……なに、なんでそんな見るの」

 『……海が好きだから』

RW「は…?答えになってないけど」

 『…なってるよ』

RW「……」

 断固としたあなたの返答に、リウは何を思ったのか、小さく息を吐いて、それ以上なにも言わなかった。

 そんなリウの反応に、あなたはふと思った。

 この人、どこまでなら私を受け止めてくれるの?と。

 私が好きだと言っても、動揺せずに受け入れてくれる?

 あなたは知りたかった。海の深さを。




 『ねぇ、気付いてた……?』

 『私にとっての海は、貴方だって』


 リウは何も言わなかった。ただ海だけを眺めた。そしてあなたは、そんなリウだけを見つめた。

 今この瞬間、聞こえるのは、海のさざ波と、お互いの息づかいだけだった。

 
RW「…ごめん、そういう意図があって、君を助けたんじゃない」

RW「俺は人助けをしたまでだから……」

RW「俺の行動が勘違いさせたなら謝るよ」

RW「……けど、俺は恋愛するつもりないから」


 そう言って、リウは残酷にもあなたを置いて去ってしまった。

 『……はは……ばっかみたい』

 その言葉は、愛なんかを期待した自分への言葉だった。

 自分を愛してくれる人は、やはりいないのだと。

 突然現実に戻された気分だった。

 あなたは初めて、海が憎かった。

 海は目の前にあるのに、少しも癒されない。



 どれだけ切に願おうが、

 あなたの愛した海は、もうどこにもいなかった。




 あなたの瞳から、想いが溢れた。















リウside


 初めから人助けだった。愛を求める姿が母に重なって。

 習慣のように、自分が助けなければならないという使命感で一杯になった。

 どうしても放っておけなかった。

 それがいけなかった。

 誰も愛せないくせに、咄嗟に手を差し伸べてしまった。

 あまりにも自分勝手で笑えてくる。

 彼女が自分に対して欲を持ち始めても、突き放せなかった。

 怖かった。自分が手を離して、母さんのように発作が起きたら。また海に入っていったら。

 ……俺は何も責任を取れないのに。

 結局また自己防衛だった。

 自分のためにずるずると彼女を手放せずに、期待だけさせて、一度も気持ちを返せなかった。

 ドーナツ1つにあれだけ喜べる愛に、俺がどうやって答えるの?

 俺は優しい人なんかじゃない。あまりにも自己中心で醜くて。

 罪悪感と使命感だけで人助けをする人間なのに、そんな俺でさえ受け入れてしまう大きな愛を、俺は持てないし返せない。

 自分自身を愛せない人間が、どうやって人を愛すの?

 だって、俺なんかの愛に価値がないって分かってるのに。



 だから、いざ彼女に好意を伝えられると、やっぱり怖くて逃げてしまった。

 まるで母親の愛から逃げた父のように。



 ……それでも、嬉しかったんだ。

 こんな俺を愛してくれるのは。

 だから、彼女がどうしても頭から離れなかった。

 親に愛されずに育った、愛されたい彼女と、親から異常な愛を受けて育った、誰も愛せない俺。

 出会ったのがいけなかったのだろうか。

 でも、頭の片隅で考えてしまう。俺たちは出会うべき運命だったのではないかって。

 もしかしたら、彼女こそが俺に必要な人なんじゃないかって。





 だから俺は、

 彼女を愛してあげたいと、思ってしまった。



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