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第3話

真澄くんは世話係 の巻
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2024/11/23 09:13 更新
嘔吐表現が入ります。苦手な方はご遠慮ください。

















毎朝アラームがなったあと、まだ起きない俺を少し乱暴だけど起こしてくれたり。

寝ぼけたまま着替えてる俺に、「おはよう」って声をかけてくれたり。

朝食を食べていると自然と隣にソースを置いてくれて、使ったら戻してくれたり。

歯磨きをしているときに歯磨き粉が無くなれば、自分のを貸してくれたり。

靴を履いていると食器を洗っていた手を止めて、ネクタイを結び直してくれたり。

そんなふうに俺を世話してくれる人がいることが、当たり前になっていたり。

















「ただいま」

久しぶりに寄り道をして帰ってきた俺に、ゲームをしていた天美組が返事をする。

「おかえり!まっすーなんか今日遅くなーい?」

「別に。寄り道しただけ」

入団当初は3人で通っていた花学も、今年からは咲也と万里がいなくなって俺一人。

3人で通っていた頃は時間が合えば(咲也が強引に誘ってきて)一緒に帰り、たまに寄り道をしていた。

でも1人になってからは寄り道しようなんて誘ってくれる人も、一緒に帰る人もいない。

監督にも早く会いたかったし、寄り道して遅くに帰ってくることなんてなかった。

「え、なになに?!その手に持ってる袋、まさかお土産〜?」

「監督は?」

「わっ、まっすー無視はひどいよ〜ん!監督ちゃんなら客演の手伝いに行ったよ?」

「アイツいないの…………せっかく限定スイーツカレー味買ってきたのに………」

「一成早く手動かせ。俺が死ぬ…、ってあーーー!」

「あ、セッツァーめんご!」

「あークソっ、もっかいやるぞ。真澄は誰探してんの?」

監督がいないと分かっても談話室をウロウロしている俺に、画面から目を離さずに万里が声をかける。

「……綴は、部屋に籠もってるの」

いつもは談話室でパソコンをイジってるか臣の手伝いをしている人が見当たらない。

「あー、なんか脚本のプロットは出来たんだけど進まねえってよ」

「さっきコーヒー取りに来たっけよん。ひっどい隈だったよねー。寝てるのかなー?」

「あれじゃ寝てねぇだろ」

カンパニーの看板作家は今は夏組の脚本に追われてる。

昨日の夜も俺が寝るまでパソコンの明かりが消えていなくて、今日の朝も珍しく起こしてくれないと思ったら、同じ体制で唸ってた。

またゲームを始めた天美組を横目に、俺は部屋へと向かう。

廊下を渡って見慣れたドアを開けると、パソコンの明かりだけが目に入った。

「……ただいま」

至の部屋よりは確実にきれいな部屋に声をかけても、いつもの返事は返ってこない。

目当ての綴はいないのかと部屋に足を踏み入れると、足元に大きなものがあたった。

電気をつけて見てみると、俺の足元には綴が倒れていた。

「……!...綴、」

荷物を放ってうつ伏せに倒れていた綴の肩を叩くと、苦しげな呻き声が聞こえてきた。

「うっ………はぁ……脚本………やら、なきゃ……」

寝不足で倒れていただけかと思ったが、なんだか様子がおかしい。

真っ赤な顔ではふはふと浅い呼吸をし、虚ろな目をしている。

起き上がろうとするも、腕が震えてすぐに崩れてしまう綴を支えると、思わず声が出た。

「熱い、」

まるで俺の手が溶けるかのように熱い身体に不安を覚える。

着たままの制服のポケットからスマホを取り出し、アドレス帳の万里の名前を押す。

「………あー?なんだよます」

「早く来て!」

普段電話をかけない&大声を出さない俺に何かを感じ取ったのか、すぐに電話は切れる。

それと同時にさっき通ってきた廊下からドタドタと足音が聞こえた。

「真澄、どうした!」

万里の後ろから一成も覗き込んでいる。

「綴、倒れてて、触ったら熱くて………」

焦って上手く説明できない俺の隣に、万里がしゃがみ込む。

「一成、談話室から救急セット取ってこい」

「分かった」

「万里………」

「大丈夫だ真澄、落ち着け。お前が焦ったってしょうがねえだろ」

支えてろよ、と言って綴のロフトから布団を下ろし、二人で綴を寝かせる。

一成が持ってきた体温計で熱を計ると、38度5分という数字が出てきた。

「冷えピタ切れてたから、ゼリーとか含めて買ってくるねん」

「俺はちょっと左京さんに電話してくるわ」

「まっすー、つづるんのことちゃんと見とくんだよ」

二人がそう言い残して出ていくと、綴が目を開けた。

「綴!聞こえる?」

「…………真澄?」

焦点の合わない目がこちらを見ようと宙を泳ぐ。

そして間を置くと、急に起き上がって口元を押さえた。

「急に動くな、、、え、」

「うっ……………おぇ………げほっ………」

綴にかけてあった布団に吐瀉物がこぼれ落ち、俺の制服にも少しだけかかる。

「ぐっ………げほっ………ごめ、ます……」

まだ気持ち悪いのか、出てこようとするものを必死に飲み込もうとする綴。

そうやったほうが気持ち悪くなるに決まっているのに。

「綴、そのまま全部出して」

ゴミ箱を差し出しても、綴はなぜか吐こうとしない。

それどころか差し出したゴミ箱を押し戻し、血の気の引いた顔を横に振った。

「綴、吐いて。気持ち悪いの、全部出して」

熱っぽいからなのか、はたまた他に理由があったのかは分からないが、

ずっと水の膜を張っていた綴の目から、大粒の涙が溢れる。

「綴?」

「………げほっ、こ、怖い………」

「…吐くのが怖い……?」

俺の問いかけに綴はコクリと頷くと、また這い上がってくるものを飲み込もうとした。

それでも吐かないと苦しくなるしもっと気持ち悪くなるのに。

「………綴、ごめん」

一度は否定されたゴミ箱を綴の口元にむりやり押し当てて、空いたほうの手で汗ばんだシャツの上から鳩尾を叩く。

俺が小さい頃、俺も吐くのが怖くて上手くできなかった時にばあちゃんがやってくれたみたいに。

「ます、、うっ………げほっ、おえ……」

目を見開いた綴は、咳と同時にビニール袋の中に胃の中のものを吐き出した。

透明な袋を叩く水音に、綴は力の無い手で自分の口元を必死に押さえた。

「やだ、……げほっ………やだ…………おぇ………」

「ごめん、綴、......っ万里、」

さっきよりも量を増す涙と、嘔吐きながら小さく聞こえるその声に、俺の目からも涙が出てくる。

動く気力なんて無いのに嫌だと言って身をよじらせる綴を、閉じ込めるようにゴミ箱ごと抱きかかえる。

「だめ、綴、動かないで……もっと辛くなるから………大丈夫だから………万里、はやく、」

制服が汚れることも構わずに小さく震える綴を抱きしめた。

確たる証拠もないのに大丈夫、大丈夫と繰り返す俺の腕を綴は掴む。

「大丈夫、大丈夫だから吐いて………綴…………」

普段の俺ならこんなことしないのにと思いながら、泣いて動き回る綴を押さえる。

もう自分でも何がしたいんだか分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

それでも苦しそうに泣く同室の男を離さずに力強く抱きしめていられたのは、離してしまったらきっと何処かへ飛んでいってしまいそうで。

脆くて苦しげなそいつを失いたくなかったからだ。

苦しげな咳をしていた綴は急に静かになったと思ったら、気を失うようにもたれかかってきた。

「綴、?....全部吐ききった?」

「真澄、遅くなった。悪い、」

いつの間にか横にいた万里が俺の頭を撫でる。

「真澄、1人にしてごめんな。偉いぞ」

「万里、」

「ここは片付けとくからとりあえず着替えろ」

頭を撫でる優しい手に、いつものように反発しようとは思わなかった。

涙と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった制服を脱ぎ、万里に手渡す。

汚れてしまった布団と一緒に洗濯場持っていった万里と入れ違いで一成が入ってくる。

「あー、吐いちゃったか、」

冷えピタを取り出しながらうんうんと勝手に納得する一成の横に座ると、手早く綴を綺麗にしたあと

「まっすーこれ貼っといてね」

そう言ってそそくさと部屋を出ていった。

何かと思い、綴に向き治ると、また虚ろな目で宙を眺めていた。

カズナリが拭いたばかりの唇が微かに動いている。

「綴………?」

口元に耳を近づけると、蚊の泣くようなか細い声で、俺の名前を呼んでいた。

「……………綴、冷えピタ、」

「……………ま、す、」

言い終わらないうちに汗ばんだ額に冷えピタを貼ると、綴はその冷たさに顔を顰める。

「ん…………ます、み……、」

「何、」

「なんでお前が………泣いてんの、」

そう言って伸ばした手で俺の頬を撫でると、ふっと笑みを溢した。

「アンタは、なんでそんな無理なんかするんだよ」

またちょっとだけ涙ぐんだのを見られたくなくて顔をそらす。

そんな気持ちを見透かしたかのように、綴はふふっと笑うと、すぐに寝息をたてて眠ってしまった。

俺の頬を撫でた手は次は俺の左手を掴んでいた。

いつもお世話してくれているその手を、今日だけは握っていてやろう。

そう思ったのはたぶん、熱で弱っていたところを見てしまったせいだろう。



















あれから3日間、俺は部屋と談話室以外に行くことを禁じられていた。

そして公演があるにも関わらず、パソコンに向かってはいけないという命令まで出され、脚本の手直しはさせてもらえなかった。

流石に脚本が仕上がらないのはと思いながら夜中にデスクに座ると、寝起きが悪いで有名なあの真澄がすぐに起きるのだからもうお手上げだ。

3日経って、やっとパソコン解禁令が下されたと思ったら次は左京さんからの説教。

そしてそれを挟むように監督と真澄がいるのだから逃げられはしない。

みっちり1時間「睡眠時間はとれ」だの「辛かったら頼れ」だのと聞かされ、その後はいろんな人から差し入れと言って冷えピタや枕をもらった。

(ちなみに枕は御影さんと雪白さんが買ったらしくすごく寝心地が良かった。値段は怖いので聞いてない)

それから急ピッチで脚本の仕上げをする間、寝ろという命令を半分破っていたものの、生きたまま脚本を仕上げることができたのは、紛れもない同室のおかげだろう。

学校が終わるとすぐに帰ってきて帰り際に買ったらしいコーヒーを渡され、

夜食を食べろと脚本を書いている途中の俺の口に遠慮なくカロリーメイトを突っ込み、

朝は早く起きて伏見さんの作った朝食を部屋まで持ってきて、

一人じゃ寂しいだろうと部屋で二人で食べ(でも喋ることはない)、

食べ終わったら自分の分と一緒に片付けてくれる。

今まで実家でもMANKAI寮でも世話をする側だった俺が、まさか、年下で無愛想で監督にしか興味のない同室に世話をしてもらうだなんて。

「真澄」

「何……?脚本終わったなら早く寝て……」

「はいはい、.....ありがとうな」

「べつに。また倒れられたら困るし」

「……あのときは迷惑かけてごめん」

「……違う。謝ってほしいんじゃないし迷惑じゃなかった。ただ………」

「ただ………?」

「ただ…元気じゃないアンタは気持ち悪いから」














俺の可愛い弟は少しばかり赤く染まった顔を背けるようにしてそう呟いた。

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