──────あれからひゅうがに事細かに色々話して、気付いたらもうすぐ文化祭一日目終了の時間。一日目なので片付けは無く、後夜祭のみ行われる。
参加は自由な為帰る生徒も多いが、最後まで楽しみたい生徒達は皆参加しようと校庭に集まっていた。
_________そして俺は、この時間で優太先生と会う約束をしているのだ。
正直、楽しみで仕方ない。完全に2人きりだし、今回ばかりはひゅうが達も気を利かせてくれたし。
少し2人で会えるだけだと言うのに、こんなにも嬉しいなんて。
_________大半の生徒たちが帰宅した後もしばらく残って教室で待機していると、事務を終えた先生がやってきた。
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やっぱり会えるだけで一気に気持ちが浮上していくのを感じる。もう一緒に回れないことなんて気にならないくらい………は、盛りすぎたけど。それはまだちょっと悲しい。
だが先生は、そんな俺の気持ちを見透かしたかのようにして言葉を発した。
急に俺の手を引いて歩き出した先生。そしてそのまま向かった先は_________体育館。
ここにくると先程見た動画を思い出すので、内心若干そわそわとした気持ちになった。
体育館に着くなりそのままステージに上がり、俺を真ん中に立たせた先生。そしてそこから照明を変えて作り出された雰囲気は、数時間前の自分たちの企画と同じものだった。
___________もしかしたら。と、必然的に期待してしまう気持ちを抑えきれない。さっきのビデオを見た後で完全に浮かれている俺だが、この後の優太先生の発言はその予想を大きく上回ることとなる。
───────正直ここからはもう、怒涛すぎて覚えていない。
───────昼とは違って観客の居ないこの場所。
雰囲気を作り出す為にとクラスメイトと考えて少し暗めに設定したこの広い空間に、今は2人だけだ。
その後優太先生は俺の前に立って、こちらをじっと見つめながら名前を呼んだ。
__________こいびと…って、恋人?
まさか出てくると思わなかった単語が、先生の口から飛び出してきた。
もしそうなら自分にとって好都合すぎる言葉なのに、上手く飲み込めなくて困惑する。
恋人になれるって、事?
________1時間だけ、優太先生は俺のものだ。
卒業するまでは絶対になれないと思っていた。まあこれはあくまで恋人''ごっこ''な訳だからそれも間違っていないけれど、今この時間だけは恋人を名乗れるんだ。
少し照れくさそうにした先生と一緒に、体育館を出ようとステージを降りた。
__________もちろん、手は繋いで。
だって恋人だもん。
日中に生徒同士のカップルが仲睦まじく隣を歩いていたように、優太先生のすぐ隣を噛み締めるようにして校舎へ向かった。
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───────今日の日中回っていたある時と同じような光景だが、今立っているのは俺がさっきヤケになって入り込んだ「メイド喫茶」の目の前。
これ多分先生根に持ってるわ、俺がここに入ったこと。
それにこの流れは俺着させられるやつじゃん絶対。いくらなんでもキツイでしょそれは。
先生の押しに弱い俺は、結局衣装を着ることに。
更には、初めは羞恥に負けて普通の男子用の執事の服を着ようとしたのに、何故か見つからなくて渋々手に取ったのはメイド服だった。
.................いや、普通着ないからね?これ女の子が着るやつね?
ほんと展開ってすごいな、...なんて俺までよく分からないことを考えた。
.....まじで勘弁してくれ.............。
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何回みても笑いを抑えきれていない優太先生を見て、半ばやけくそになりながらもうどうにでもなれとその場に身を任せていた。
するとしばらくして優太先生は、何か思いついたようにそのままこちらへと寄ってきて、意地悪く笑って見せながら言った。
_____あぁもうほんとに、
_______ほんとにもう、この人は意地悪だ。
いつまで経っても先生からの反応が見えず、ちらっと先生の方を確認した。
_____が。
メイドについての知識を振り絞って出した、ありきたりな台詞。沈黙が流れて今にも熱が吹き出しそうになるのを感じるも、______優太先生の表情を見て、一気に青ざめた。
何故ならそれを言った瞬間、先程まで生き生きとしていたはずの優太先生が急に固まって動かなくなったからだ。その末には、先生は瞬時にこちらに背を向ける形で立った。
_________まるで、見るのを避けようとしているかのように。
...................やばい。
なんか、違った?_____________
───────平然を装おうとしていても明らかに視線が泳いでいるし、一向に目が合わない。目を合わせてくれない。
やらかした、確実にやらかした。.....そりゃあそうだ。
何かするって言っても、男なんだからあれはありえないだろ。
多分普通に、男がやるような事を.....もっと違うことをするべきだった。
__________絶対、引かれたんだ。
一気に目の前が真っ暗になるのを感じる。どうしよう、どうしよう。このままだと、先生が行っちゃう。引かれて、そのまま?
.............嫌だ、謝らないと。
その前にと急いで服を脱ごうとするも、焦っているせいで上手くいかない。
このままではいけないのに。先生お願いだから、嫌いにならないでよ、______________。
─────────嫌われたと思うとどうしても辛くて、俺は感情が溢れ出しそうになるのを抑える事も出来ずに思いのまま後ろから抱きついていた。
明らかに距離を取ろうとしている先生に対し、俺は抱きつく手により力を込めて隙間無くくっつき、ただ縋るようにして願った。
だがそんな想いも虚しく、しばらくして聞こえてきたのは深いため息のようなもの。そしてそれを聞いた瞬間、いよいよ限界まで嫌われたのだと悟った。
________なんでこんな事になったんだろう。もうおれ、どーしたらいいの、
「無理」という一言にもう何も考えられなくなって、ぶわっと大量の涙が溢れ出す寸前。
瞬間に、勢いよく体の向きを変えてこちらを向いた優太先生。
_______一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ただ確実に、先程まではなかったはずの壁がすぐ背後まで迫っている。
_____________先生に壁まで追い寄せられたのだと気づいたのは、目付きを変えた優太先生の顔が目の前に近づいてからの事だった。
何も言っても優太先生は反応する素振りを見せない。
ただ一瞬見えた先生の熱を含んだそれと目が合った瞬間、ゾクッと全身が毛羽立つのを感じた。いつも重たい瞼に覆われているその瞳が、明らかにいつもと違う。
抵抗もできないほどの力で腕を掴まれていて、身動きが取れない。
_________先生のその''獣''のようなキスに、終止されるがままの俺は何も出来なかった。
こんな先生、知らない。_________
貪るようなそのキスに体内に空気が回らなくなり、背中を叩いて必死に優太先生に訴えかけると、優太先生は急に我に返ったように体を離した。
先生は目に見えて焦っている様子で、恐らく無意識に出た行動だったのだろうと思った。けど、急になんで?
そしてそんな一方の俺はというと、先生に嫌われたと思っていた絶望と急にキスされた事によるドキドキで感情がぐちゃぐちゃだった。息も上がり、生理的に出た涙で顔は酷いことになっているだろう。だが今でもよく理解出来ていないために、先生の名を発すことしか出来ない。
そしてそれを先生は勘違いしてしまったようで。
______ここまで狼狽えている先生、初めて見た。
.........だけど、キスしてきたなら、もしかして。
─────────そう、これは俺がずっと心の隅に潜ませていた本音。
付き合っていないとはいえ、俺はいずれ先生とキスだって、そういうことだってしたいと思っていた。
まあ健全な男子高校生な訳だし俺。
卒業まで付き合わない理由に、「手を出さない」という先生なりの配慮があるのももちろん知っているのだが、いつも余裕な表情でそんな様子を一切見せない優太先生に俺は多少の不安を感じていたんだ。
_____男同士で、可愛らしい身体もなくて大きく歳も違う俺に、先生は欲など湧かないんじゃないかって。
もしそうならどうしようも出来ないし、いずれ他で欲を発散されるようになってしまったら俺は耐えられる自信がない。
だから、びっくりはしたけれど俺相手にここまで余裕をなくした先生が見れて嬉しかった。
そしてそれを素直に伝えると、先生は一瞬驚いた表情を見せた後、少し気まずそうにしながら言葉を発した。
急すぎる行動に先生自身も不安になっていたのだろう。心から安心している様子だった。
_________だからここで、いつもやられてばっかりの俺に仕返し心なるものがはたらいてしまった。
______この1時間だけ、俺は先生の恋人。その事実を掘り返すようにして、先生に反撃を仕掛けた。
それに元は先生が言ってた事なんだから、今日くらいは許して欲しい。
先生に了承を貰った後、そそくさと更衣室へ向かった。
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先生の視界から外れるところへ行き、脱力するようにずるずるとしゃがみこむ。
ここでやっと力が抜けた。先生の破壊力がやばすぎる。俺もさっきあんな余裕そうにもう一回してなんて言ったけど、耐えられるわけない.........、
結局いつまで経っても心が整わなくて、更衣室から少し顔を出してお願いを無効にしてもらおうと試みたが。
先生は、更衣室から出ようとした俺の腕を引き寄せ、そのまま指を絡めてキスしてきた。
まさか来るとは思わず心の準備が出来ていなかった為に、再び余裕を無くす俺。
____だが先程よりも確実に優しく、ゆっくりと流れる時間に余計心臓が脈打った。
___俺より大人だけど、たまにこうやって子犬のようで大人らしくなくなる。かっこいいのに可愛すぎる。
やっぱりこんな先生には一生敵わない。
そう実感した、幸せな一日だった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。