鬱視点
「あ″ーもうほんまにいややわー」
文句たらたら、それ以外はありません。
なんて言う様に、鬱は廊下を歩いていた。
「あー好きなことだけやって生きれたらええっちゅーのにーほんまにもー」
......まぁ、全員そう思っとるから全員仕事があるんやけどな。
いや、気にしたら駄目だ。
今日は非番。今日は非番。そう、非番。うん。
非番の日に仕事のことなんて考えるべきではない。
やって、考えるだけで鳥肌立っとるし。
はーーやだやだ。
....では、何故鬱は廊下を歩いているのであろう。
鬱は、非番の時に必ずと言って良い程に街へ行く。
なのに、今日はこうして基地内で過ごしている。
その訳は、数時間前へと遡る.......
*****
「あ、今時間いい?」
唐突にそう声が聞こえ、くるりと横に振り向く。
そこには、ゆらりと上半身を大袈裟に傾け、扉からひょっこりと姿をこちらに晒す神がいた。
彼が談話室に来るなんて珍しい。
それも、わざわざこんな朝っぱらから。
一体なんの用だろうか。
正直、思い当たる節は一つも無い。
どこぞの脅威みたいに注射から逃げた訳じゃない、それに、問題の健康診断だって体重は増やした。
では、尚更なんの用だ、って話になるわけだ。
答えが思いつかない疑問に思考を詰まらせながら、とりあえず彼の言葉に返事を返す事にした。
「ええよ。」
「あ、そう?良かった。」
姿勢はそのままで、顔を覆う紙の隙間から見える目が、少しだけ細められた。
すると、彼は申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「いやね、実はちょっと頼みがあってさ。」
その言葉を始めとし、ふんふんと相槌を打ちながら神の話を聴いてみた。
話の内容は、至ってシンプルだった。
どうやら、どっかの脅威のせいでちょっと車椅子が不調子になったらしい。
そこで、僕がそういう整備のことを少しかじってると聞きつけ、僕のとこに来たらしい。
「いやね、一応シャオロンにストップかけてもらったからセーフっちゃセーフなんだけどさ、」
「やっぱ何かあったら怖いじゃん?」
「やから僕んとこ来た....ってコト..!?」
「そうそう。」
パタリと話の幕を一度下げたぺ神は、完全に納得した僕の様子を見て、そのまま話を続けた。
「....で、頼める?これ。」
少し申し訳なさそうに、彼がそう言葉を繋ぐ。
まぁ、最近ほとんどの女の子にフラれて丁度予定は空いているし、どうせ暇だ。
..........自分で考えといて悲しくなってきた。
や、まぁ良い。取り敢えず承ろう。
別にアイツに貸しを一つ付けるのも悪くないし。
うん。やろう。暇やし。
くるくる回っていた思考を止め、ぺ神に返事を渡す。
「..うん、ええよ。」
間が空いた言葉に、少しの慈愛が混じっている事に、鬱は気付いていない様であった。
*****
.......と、言う訳だ。
承ったのは自分だが、やっは辞めといて良かったのかも知れないと現在鬱は後悔していた。
まぁ、もう後戻りも何も出来ないのだからこうして足を進めているのだが。
...........と、あーだこーだ何やら考えていると、気付かぬ内に医務室前に来てしまった。
あちゃー....ホントに後戻りが出来へんとこやん....。
くっそ...ここが全然医務室と近い場所や無かったらそん時でも理由付けて逃げれたっちゅーのに....。
余りの悔しさに上下の歯を擦り付けていたその時。
ガララ、と扉が開いた。
「あ、来た?早いね。」
「どうぞ、入って。」
顔を覆う紙を横にずらして、彼は冷気にまみれた扉の奥に佇んで、鬱の姿を白藍色の瞳に刻んでいた。
...あぁ、後戻りと言う文字が、消えてしまった。
脚をぶらぶらさせて丸椅子に座っていると、
奥からガラガラと鳴る車輪の音が聴こえてきた。
「あ、ごめん。そこの椅子退けてくれない?」
ふと、そう頼まれる。
ん。と小さく返事を返して、目の前にある丸椅子へ爪先を近づけた。
縁に指を引っ掛けて、邪魔にならない場所へ丸椅子を移動させる。
カタッ、と床に少し擦られた音が響く。
それに合わせるように、ガラガラと車椅子が車輪を回して自分の目の前に現れる。
「乱雑に扱わないでね。」
「あったりめぇよ。」
キリッと効果音が付きそうな顔で、薄笑いを浮かべる。
そして、準備していた工具を何処から途もなく出して、視線を車椅子へと向けた。
少しの金属音が、静かな部屋に鳴り続く。
何処か悲しさを抱えたその場所に、一つ声が響く。
それは、小さく。それでいて、静かに。
「大先生はさ、」
一粒の水滴を落とした様に、言葉が現れた。
その言葉に応える為、手を止めて彼の方を視る。
彼は書類の束を机に何度か軽く打って、目を細めて口元を緩ませていた。
そして、口を薄く開いた。
「なんでこんな事、頼まれてくれたの?」
歪で、細く。そして小さな疑問。
瞳のみこちらに向けて、小さく首を傾けた。
「..あー........なんでやろな。」
自分でも分からなくて、何故か彼に答えを求める様に声を溢した。
彼の疑問なのだから、彼が知る筈も無いのに。
ふと、脳内に浮かんだのはただ一つの理由。
それ以下も、それ以上も無いであろう事。
「...まぁ、」
言葉を詰まらす。
少し恥ずかしく感じることだから、アイツらが聞いたら永遠に弄られるだろうが...
...ま、彼に伝えたって別に問題は無いか。
「言わないで。」そんな言葉を使えば、彼はアイツらに言わないでおいてくれるだろうし。
言葉を吐き出す。
「...可愛い後輩の為やし.....な。」
そこ言葉を聞き、彼は少し驚いた様な表情を見せてから、すぐに表情を戻した。
「.......そっか。」
小さく、彼がそう返事をする。
そこではっとして、食い気味に言葉を発する。
「あっ、アイツらには言わんといてな!!?こんなんはずぅくてしゃあないねんから!!!」
じゃあ言わなければ良かったのに。
なんて苦情は知らない。良いだろう別に。
と、思考の歯車はここで一旦お仕舞いだ。
顔が少し熱くなってきた気がする。
だから、「はい終了!!俺帰るから!!」と苦し紛れに声を荒らげて勢い良く立ち上がった。
そして爪先を扉に向けて、颯爽と医務室を去った。









![[参加型?]空の上で最後の遺言を、](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/fLidrLhRSUUik4ZkTr7M83BhU0V2/cover/01KCTXMWS5RZ2WT40YN9XJ0C3Y_resized_240x340.jpg)


編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。