少しだけ埃の舞う、
広いが心を擽られはしないような、普通の舞台裏
夜蘭はノックを三回落とし、
重く広い扉に手を掛けた
夜蘭の胸の中にあるのは騒めく不安と、
一縷の期待
夜蘭たちが入ったそこは所謂「楽屋裏」に
繋がっていて、個室へと導いてくれる
その狭い灰色の、しかし煌びやかな
衣装が目をちかちかとさせるアンバランスな部屋
そこは、役者が舞台前に打ち合わせをする場
たくさんの役者で賑わう楽屋の隅から、
見慣れた男が走ってきた
相変わらず忙しないのは変わらないようで、
夜蘭はささやかにため息を漏らす
ドレスが奥へ案内しようとすると、
ドレスの横を見慣れた影が通り過ぎた
そこでやっとふたりの「客」に気づき、
ぼっと顔を赤くし優美に着飾った衣装を振り回す
衣装に足を通そうとしながらこちら向くもので、
リスタはふらふらと転けそうになっていた
いつも都合の悪いタイミングでいるような、
そんな絶妙にかっこのつかない男に、
杏里は早速話しかける
そんな中夜蘭は、
久しぶりの会話に少しだけ体を緊張させていた
夜蘭にリスタの落ち着かないような視線が、
じっとりと絡みつく
しかしそれを振り払うように、
気まづげに夜蘭は新しい話題を振った
その既視感のあるニュースには、
さすがの二人も苦笑いをせざるをえない
台本読みのフリをしていたユハンも、
ついこちらに顔を出した
しかし相変わらずドレスの喧しい話はは止まらず、
次よ次よと、話題が回る
ふたりがうんざりとしてきた頃、
やっと、ユハンがドレス羽交い締めにし、
おしゃべりの幕は閉じる
まるで嵐が去ったように、ドレスが去り、
リスタだけが置いてけぼりになったその場は、
妙にしんとしてしまった
そう言い、リスタもせっせと準備のため
奥へと消えていく
しかし一言も言葉を交わすことが出来なかった
夜蘭は、すこし不満げのようだ
夜蘭は言葉尻のまま、
少しだけ眉を下げる
その様は雨に濡れ落ち込んだ、
捨て犬のようにも見えた
夜蘭は何も語らない
しかし、楽屋の扉に手をかける
杏里たちが戻る頃には、
ホールの照明が軽く落ちていた
迷いながらも席に着くと、
そのには案の定、腕を組むレインと、
冷たい眼差しで見つめるロイがいる
むくれ、腹を立てた様子のレインに、
杏里は静かに目を伏せた
顔を染め硬直するレインを真横に、
オレンジ色の照明は完全に色を落とす
そして、劇場は闇に包まれた
冷たい飲み物を抱える夜蘭の手は、
静かに結露した雫によって冷たく濡らされている
ぼんやりと手の内の冷たさに脳を奪われる夜蘭は、
独りごち、また冷たいものに口をつけた
そこで通信魔法が、
劇場全体をジャックする
それは劇場の隅までも届くような
どこまでも伸びる聞き心地の良い声
そして、けたたましいブザーと共に、
粛々とした劇が始まる
_______________________________
物語は、救世主が自殺する所から始まった
それは前代未聞、
異色のノンフィクション台本
救世主は正義の代償に一度命を失うが、
民に復活させられる
かつての悪魔皇子は英雄へ
救世主こと悪魔皇帝は伝説へ
そして、悪魔の垣根は幻へ
それが、
この喜劇のあらすじ
動き傾く舞台
周りからはくしゃくしゃと、
何かを食べる音が聞こえる
主演のドレスは黒いマントを纏い、
即位したばかりの皇帝を完璧に演じきっていた
剣舞はしなやかに、強かに
しかし、現在は一度盛り上がったシーンから一変し、
日常的で微笑ましい、退屈な絵面が続いている
それは、映画の内容だけではなく
舞台背景までも見る余裕が出るくらい。
物語は中盤に差し掛かった頃
生徒会長候補たちは退屈のあまり、
水面下小声上で密会を繰り広げていた
そこで皇帝が一人、
重々しく壇上に上がった
それは先程の演舞のように、
空気を一変させる
生徒会長候補たちの視線も、
また舞台に釘付けになった
男が独り佇むその姿は寂しそうだが、
不思議と男の顔に不安はなさそうだ
皇帝は一目見るだけで怖気の立つほど薄く
鋭利な剣を懐から抜き、
純白のカーペットに突き立てる
するとそこに、白いタキシードを纏う、
皇帝とは真逆の色合いの、銀髪男が舞い降りた
男は純白のカーペットに突き刺さる剣を引き抜き
赤い幕が血飛沫のように、
舞台に降りる
剣が、皇帝の腹に突き刺さる
純白のカーペットに、
赤い血が海のように広がっていく
臓物を貫く金属は、
ドレスの声を震わせた
立っていられないほど痛むはずなのに、
男は目を細めながらも、ただ話す事をやめない
男の体は冷えていき、
目から光は失われていく
皇帝は腹に突き刺さる冷たい剣を握る
その握力は強く、
手に赤い血が雫となり滲んだ
美しい銀髪を蓄える男性は、
皇帝の手を掴み、剣から手を離させようとするが
しかし、手は握りを強くするばかりで、
皇帝は一向に手を離そうとしない
こんなもの、痛くない
皇帝はそう訴えかけるような、
不敵な笑みを浮かべる
かつて悪魔と呼ばれた銀髪の皇子は、
そのあまりの執念に、無意識的に体を緊張させた
自分で刺したはずなのに、
痛むのは自分でないはずなのに
皇子は耐えられないような悲痛な声で、
天に向かい願いを乞う
巫女と呼ばれる深紫の短髪を揺らす男は、
悲しげに目を瞑り、皇帝の腹に手を当てた
血溜まる純白のカーペットに、
皇帝は膝をつき崩れ落ちる
赤黒い腹の傷は、
奇妙な光に包まれ、優しく癒えていく
会場が拍手と、
号泣に包まれる
『こうして、悪魔はすべての罪を許され、
人との共存を許されたのでした』
これは、この世界に革命を起こしたある一日の話
二人の会話を、レインは不安そうに聞いた
次第に、オレンジ色の明かりも色を取り戻す
杏里の手は震えている
そう言い返そうとして、
杏里ははっと口を噤んだ
目の前のレインは、
今にも泣きそうな顔をしている
レインの頬は赤く染まっている
杏里は答えづらいように、
顔を伏せていた
夜蘭はその光景をみて、
なんとも言えない気持ちになる
夜蘭は、あからさまに左に目を逸らす
しかしそこにも、号泣するロイがいた
二人に目を向けないように
カーテンコールを見送る
すると、いつのまにかレインが、
杏里の前に立ち上がった
泣きそうに、
しかし力強くいつものように笑う
レインは涙ぐみながら、
強い希望に満ちた表情で、杏里に向かい合った
しかし杏里もまた、
信念の宿る表情で見つめる
そして最後にはどこか遠いような目をして、
優しくふにゃりと笑った
そういい杏里は立ち上がり、
レインに背を向ける
手だけをふらふらと遊ばせ、
もう振り返ることはない
ロイの肩がぴくりと震えた
心做しか、動転しているように見える
ロイまでもが立ち上がり、
自分の服の袖を握り不安げに夜蘭を伺った
その発言にさらに顔を引き攣らせるも、
夜蘭はもう知らんぷりをするように
ふいとそっぽを向く
呆れたように苦笑いを向ける夜蘭に、
ロイはさらに続けた
今まで二人に曖昧な笑顔を向けていた杏里だったが、
そのロイの挑発的を聞くや否やニヤリ、
と口角に狐を宿す
その様は少しばかり妖艶で、
夜蘭はい気を飲んだ
二人は胸底が沸くるように、
もやもやと滾り、ロイは悔しげに唇を噛む
目をうるませる生徒会長候補を置き去りに、
二人は眠りこけるマリンの鳩尾に拳を放る
そして身柄を回収し、さっさと劇場から去り、
あるべき場所へと帰って行った
そこは打って変わって、
劇場と遠く離れた辺境
ドーパミンは、目を擦る
ヒースクリフの頬き、
なにか温いものが伝う
ヒースクリフの目の前の男は、
うんともすんとも口を開かない
ただその場には非常に重苦しい空気が張り詰めていた
ヒースクリフは無意識に、
口内の肉を強く噛む
しかしそれはざらざらとして、
気持ちが悪かった
たった一言に、ヒースクリフがかくりと顎を震わさた
その目は、怯えきっている
ヒースクリフを見つけるドーパミンのその眼は、
どこまでも、無垢で、真摯で
だけど、少しだけ怖くなる
涙がまた堪えようもなく、
ヒースクリフの首から、自然に流れ落ちた
その懐かしき記憶の破片に、
ドーパミンは、目を広げる
ヒースクリフは辛そうに丸まり、頭を抱える
『いいんだ』
そのどこまでもやさしい声が、
ヒースクリフの脳髄にこびり付く
びりびりとして、
分からない感情が付随してさらにわからなくなる
不安げなヒースクリフの眼には、
しかし脅えは見当たらなかった
ヒースクリフは、目をとろんと座らせ瞬かせる
きっと、それは長い眠り
ヒースクリフの目は、
渋げに瞑られた
そっと、一粒だけ涙がこぼれた
それにドーパミンは強く胸を痛める
遠のく意識の中、
安心の皮を被った毛布のような男は消えていかない
記憶を失ったヒースクリフには
信じられない出来事に、ドーパミンは驚き立ち上がる
しかし、もう返事は無い
掴みかけた手は、力なく空に解けた
涙を零す
涙がこぼれる
異界に悪魔がやってきた!!
完ー



































編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。