太刀川隊の作戦室に夕方の光が差し込んで、机の資料が金色に縁取られていた。
私は訓練の記録をまとめ、ノートを閉じる。
背後から近づく足音。
振り返ると、烏丸京介くんが立っていた。
「おつかれ。今日の合同訓練の動き、よかったぞ」
いつも通りの落ち着いた声。
私はできるだけ平常心で返す。
「ありがとう。最後風間さんの奇襲に気づけなかったのは悔しかったけどね」
烏丸に特別な態度を取らないよう、慎重に言葉を整える。
彼は少しだけ微笑んだ。
「そういう真面目さはお前の良さだな」
胸の奥がふっと揺れる。
悟られないように、いつも通りの調子を守る。
「もちろん、烏丸くんが開けた穴は私が埋めなきゃいけないからね」
近すぎると烏丸くんに私の気持ちがバレてしまいそうで、顔をそらして資料をまとめる。
彼の視線を避けながら立ち上がった時、部屋の外で気配が動いた。
誰かが小声で何か言っている気配はあるが、距離がありすぎて内容までは聞こえない。
廊下のほうで太刀川さんと出水くんが何やら話しているらしい。それだけが、かすかに分かる程度。
烏丸くんが私に向き直る気配がした。
「帰り、少し歩かないか?」
不意を突かれて心臓が跳ねる。
けれど表情は崩さず、いつも通りの声を作る。
「いいよ。どうしたの、急に。」
「引き継ぎが終わってから、落ち着いて話す機会が無かったからな」
「そうだね、行こ。」
並んで部屋を出る。
廊下に出た瞬間、太刀川さんと出水くんの姿が視界の端に入ったが、二人はすぐに何か話しながら反対側へ去っていった。
何を言っていたのかは分からない。ただ、私たちを見ていた気がした。
隣で歩幅を合わせてくる。
距離は少しだけ近いのに、それでもまだ触れない。
夕暮れの廊下を二人で歩きながら、私は何も知らないふりを続ける。
烏丸くんもきっと同じだ。
互いの想いを隠したまま、それでもどこかで滲み出てしまう気持ちだけは、もう止められなかった。
◇
夕方の風がまだ少し冷たくて、街灯がゆっくり灯り始めていた。
烏丸くんと並んで歩くのは、入隊が決まって引き継ぎをしてた頃以降、初めてのことだった。
なのに、彼はまるでそれが当たり前かのような自然さで歩幅を合わせてくる。
沈黙が落ちても、気まずさはなかった。
ただ、少しだけ胸が落ち着かない。
「今日の訓練、ほんとに良かったぞ。」
不意にそう彼が言った。
落ち着いた声のはずなのに、微妙にどこか迷っている気配がある。
「そう?私はまだ全然だと思ってたんだけど」
「努力わかる動きだった。入隊直後の太刀川隊のログから見てたから分かるぞ」
歩く足が止まりかけた。
けれど悟られないように、なんとかそのまま前に進む。
「見てるって…そんな大げさな」
「大げさじゃない」
烏丸くんの声に、いつもの冷静さが少し崩れていた。
その変化に気づくと、胸の奥がざわつく。
「俺から見たら、結構がんばりすぎなんじゃないかと思うくらいに変わってた」
彼の声がゆっくり落ちる。
抑えていたものが、少しずつ漏れ始めるように。
私は誤魔化すように笑う。
「もしかして心配してくれてる?私は大丈夫だよ」
「俺は大丈夫じゃない。」
足が止まった。
反射的に烏丸くんの方を見る。
彼は正面から私の目を見ていた。
普段のクールな視線よりもずっと熱くて、隠しきれていない。
「気にしてないふりするの、そろそろ限界なんだ」
息が詰まる。
烏丸は少しだけ顔をそらし、手をポケットに押し込みながら、低く続ける。
「いつも本部に行く度探していたし、会えた時は他の人とは違う嬉しさを感じてた」
胸の奥が強く痛む。
私が隠していた気持ちとあまりに似ていて。
「……悪い。こんなこと言うつもりじゃなかった。」
烏丸は自分で気持ちがこぼれたことに驚いたようだった。
けれど、それを取り戻そうとしてもうまくいかない。
彼の横顔は、夕暮れの光で少し赤く染まっていた。
私は言葉を返そうとして、何も出なかった。
気づかれないようにしてきた想いが、ひどく波立っていた。
烏丸はふっと小さく笑った。
「今日だけは、見て見ぬふりしないでくれ。」
それは、彼が抑えるのを諦めた本音だった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。