第16話

【番外編】ハスクの物語 Part2
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2024/01/28 03:00
こうして俺様は《ハスク》になった。
地獄での悪魔としての人生が始まったが……存外悪くなかった。

運も良かった。俺様が地獄に堕ちたその日は、たまたま年に一度の《粛清》の直後だったんだ。
その混乱に乗じて、俺様はちゃっかり地獄での立場を手に入れた。

確かに周囲は悪魔ばかり、ロクでもない場所だが……あのベトナムの戦地に比べりゃマシだ。

それに、ここの住民は俺様のような罪人ばかり。何かをしくじり、何かを失ったクズばかり。
そんな状況が、俺様には案外心地よかったんだ。
クズは俺様だけじゃないってな。
モブ悪魔たち
なあハスク。聞いたか?
《ラジオデーモン》がまたヤったってよ!今度はどれだけ殺したと思う?
ハスク
《ラジオデーモン》?
安酒場でいつものようにカードを切っていると、同卓の悪魔たちが口を開いた。
モブ悪魔たち
おいおい、地獄に堕ちたばかりの
こいつが知るわけねえだろ?
モブ悪魔たち
なんだよお前、ここでやっていくつもりなら、《ラジオデーモン》にだけは気をつけた方がいいぞ。
モブ悪魔たち
今から40年ほど前に地獄に現れた
真っ赤な鹿の悪魔だよ。
モブ悪魔たち
地獄に堕ちて早々に、地獄の支配者たちを次々殺しては、その様子を地獄中に生放送したイカレ野郎さ。
モブ悪魔たち
とにかくヤバすぎる奴なんだ。
しかも《契約主ディールメーカー》だ。
奴に魂を取られたら終わりだ。
モブ悪魔たち
いいか、絶対に《ラジオデーモン》には関わるな! 絶対にだ!
………悪党だらけの地獄にも、やはり筆頭はいるもんだな。

だが、俺様は元々、厄介ごとには関わらない怠惰主義だ。そんなビッグネームが俺様に関わることもないだろう。

所詮は他人事と、俺様はグビグビと酒びんを傾けた。



酒場のドアが急に吹っ飛んだ。
アラスター
ハスカー? もしかしてキミは
我が友、ハスカーではないのか!?
口の中の酒を全部吹き出した。

ラジオノイズの混じるこの声……生前、何度もラジオで耳にした………。
モブ悪魔たち
ギャアアアアア!!!
《ラジオデーモン》だぁぁぁ!!!
酒場の悪魔たちが一斉に怯え、壁際に固まって震える中………俺様はひたすら呆然としていた。
毛先だけ黒い真っ赤な髪。
鹿耳に鹿角。
結膜まで赤い瞳。
右目の赤いモノクル。
細身の体を真っ赤なコートに包み、
手にはマイクのついた赤いステッキ……。
生前とはあまりに違うその姿……しかし……俺様にはわかった。
ハスク
俺様をその名で呼ぶってことは……
テメエ! アラスターなのか!??
アラスター
ああ……友よ!
会いたかったとも!!!
アラスターはクルクルと躍りながら俺様の手をとり、そのまま踊り出した。
アラスター
いったいいつ地獄に来たんだい?
まさか、あんなにイイ奴だったキミが
地獄に来てくれるとは思わなかったよ。
アラスター
ハッハッハーー!!
やはり、我々の友情は神ですら引き裂けなかったようだね!
ハスク
ちょ……ちょっと待て!
まさか……《ラジオデーモン》って
お前のことか!?
もう酒場は大混乱だ。
モブ悪魔たち
お、おい! あいつ……
《ラジオデーモン》の知り合いかよ!
モブ悪魔たち
やべえええええ!!
アラスターなんて呼んでるぞ!
モブ悪魔たち
な、何者なんだ?
……………終わった。
悪魔たちの間で、この話はあっという間に広まるだろう。
アラスター
フム、再会を喜びあうには、
ここは些か不都合だね。
アラスター
さあ、積もる話が何十年もある。
キミの話も聞きたい。
場所を移動しようじゃないか。
アラスターはこちらの意見も聞かずに、俺様を他の場所に連れ去った。
奴の拠点なんだろうか。街中にある屋敷に招待され、山盛りのジャンバラヤを振る舞われた。
アラスター
私の方が40年ほど先に
死んでしまったが……
またこうして再会できて嬉しいよ。
アラスター
昔は二人一緒に楽しく過ごしたね。
ちょうどキミの手が必要だったんだ。
ハスク
あ? 俺様が必要?
アラスター
おっと、でもまずは質問だ。
なに、大したことではないよ。
ジャンバラヤを食べ終えたあいつは、ナプキンで上品に口元をふいて言った。
アラスター
教えてくれTell me
どんな死に方をして悪魔になったDo you demons bleed?
全く……再会を喜んだかと思ったら、一番聞かれたくないことを聞いてきやがった。

こういうところは、生前と変わっていないんだろうな。
俺様の面白くもない話を、あいつは不気味な笑顔で、興味深そうに聞いていた。
アラスター
ハハハ、つまり……私を追って
地獄まで来てくれたということかな?
ハスク
違えよ! テメエのせいで俺様の人生メチャクチャだったって話だ!!
………美味いな、この酒。
アラスター
気に入ってくれたのなら、どんどん
飲みたまえ。友との再会の祝いだ。
アラスターがサッと手をかざしただけで、いくらでも酒は湧いて出た。
俺様も、ついつい酒につられて長居しちまったんだよなあ。
ひとしきり、生前のことや、地獄に堕ちてからのことを話し合った。
ハスク
それで? 俺様に
何をさせるつもりだ? アル。
アラスター
…………
ハスク
ただ再会を懐かしんだだけじゃあねえだろ?俺様に何を望む?
アラスター
さすがは我が友、私のことをよくわかっているようだね。
アラスターは、急に真面目な顔になって言った。
アラスター
頼む……あなたが
まだ見つからないんだ。
彼女を知っているのはキミだけだ。
協力してくれ。友よ……。
あなた……そう、お前だ。
アラスターが生前唯一愛した女。

地獄に堕ちてから、アラスターはずっとあなたを探した。
しかし、地獄はあまりにも広く、混沌としており、見つからなかったらしい。

アラスターは《ラジオデーモン》として有名になりすぎた。だから、大っぴらに探すことはできない。
《ラジオデーモン》の女……と知られれば、あなたがどこで、どんな目に合うかわからないからだ。
アラスター
私が信頼し、かつどんな姿でも一目であなただとわかる人物……キミだけが頼りなのだ。
地獄に堕ちた罪人は、容姿が大きく変わっていることが多い。俺様も、アラスターも、生前とは全く違う姿だ。

かつアラスターは、あなたのために生前からの本名を名乗っているが、俺様が《ハスク》と名乗っているように、罪人は地獄に堕ちてからその《罪》や《死》に関する名前を名乗っていることが多い。

姿も名前も変わっているかもしれない女を、この広くて混沌とした地獄から探し出すのは……さすがの《ラジオデーモン》様も楽ではなかったのだろう。
ハスク
…………《ラジオデーモン》なんて
ビッグネームを持つ男が、
頭なんて下げるんじゃねえよ。
アラスター
ハスカー! では!
アラスターが顔を輝かせる。

俺様は不機嫌に酒びんをテーブルに置くと言った。


ハスク
断る



続く

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