こうして俺様は《ハスク》になった。
地獄での悪魔としての人生が始まったが……存外悪くなかった。
運も良かった。俺様が地獄に堕ちたその日は、たまたま年に一度の《粛清》の直後だったんだ。
その混乱に乗じて、俺様はちゃっかり地獄での立場を手に入れた。
確かに周囲は悪魔ばかり、ロクでもない場所だが……あのベトナムの戦地に比べりゃマシだ。
それに、ここの住民は俺様のような罪人ばかり。何かをしくじり、何かを失ったクズばかり。
そんな状況が、俺様には案外心地よかったんだ。
クズは俺様だけじゃないってな。
安酒場でいつものようにカードを切っていると、同卓の悪魔たちが口を開いた。
………悪党だらけの地獄にも、やはり筆頭はいるもんだな。
だが、俺様は元々、厄介ごとには関わらない怠惰主義だ。そんなビッグネームが俺様に関わることもないだろう。
所詮は他人事と、俺様はグビグビと酒びんを傾けた。
酒場のドアが急に吹っ飛んだ。
口の中の酒を全部吹き出した。
ラジオノイズの混じるこの声……生前、何度もラジオで耳にした………。
酒場の悪魔たちが一斉に怯え、壁際に固まって震える中………俺様はひたすら呆然としていた。
毛先だけ黒い真っ赤な髪。
鹿耳に鹿角。
結膜まで赤い瞳。
右目の赤いモノクル。
細身の体を真っ赤なコートに包み、
手にはマイクのついた赤いステッキ……。
生前とはあまりに違うその姿……しかし……俺様にはわかった。
アラスターはクルクルと躍りながら俺様の手をとり、そのまま踊り出した。
もう酒場は大混乱だ。
……………終わった。
悪魔たちの間で、この話はあっという間に広まるだろう。
アラスターはこちらの意見も聞かずに、俺様を他の場所に連れ去った。
奴の拠点なんだろうか。街中にある屋敷に招待され、山盛りのジャンバラヤを振る舞われた。
ジャンバラヤを食べ終えたあいつは、ナプキンで上品に口元をふいて言った。
全く……再会を喜んだかと思ったら、一番聞かれたくないことを聞いてきやがった。
こういうところは、生前と変わっていないんだろうな。
俺様の面白くもない話を、あいつは不気味な笑顔で、興味深そうに聞いていた。
アラスターがサッと手をかざしただけで、いくらでも酒は湧いて出た。
俺様も、ついつい酒につられて長居しちまったんだよなあ。
ひとしきり、生前のことや、地獄に堕ちてからのことを話し合った。
アラスターは、急に真面目な顔になって言った。
あなた……そう、お前だ。
アラスターが生前唯一愛した女。
地獄に堕ちてから、アラスターはずっとあなたを探した。
しかし、地獄はあまりにも広く、混沌としており、見つからなかったらしい。
アラスターは《ラジオデーモン》として有名になりすぎた。だから、大っぴらに探すことはできない。
《ラジオデーモン》の女……と知られれば、あなたがどこで、どんな目に合うかわからないからだ。
地獄に堕ちた罪人は、容姿が大きく変わっていることが多い。俺様も、アラスターも、生前とは全く違う姿だ。
かつアラスターは、あなたのために生前からの本名を名乗っているが、俺様が《ハスク》と名乗っているように、罪人は地獄に堕ちてからその《罪》や《死》に関する名前を名乗っていることが多い。
姿も名前も変わっているかもしれない女を、この広くて混沌とした地獄から探し出すのは……さすがの《ラジオデーモン》様も楽ではなかったのだろう。
アラスターが顔を輝かせる。
俺様は不機嫌に酒びんをテーブルに置くと言った。
続く
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。