「……雑渡」
🌸が彼の名を呼ぶと、雑渡は薄く微笑んだ。
けれど、その目はどこか遠くを見ているようだった。
ここは、隠れ里の一室。
闇に溶けるような静けさの中、灯りが揺らめいている。
雑渡は床に座り、酒を傾けていた。
——いつもと違う。
普段は決して乱れない男。
どんな時でも冷静で、すべてを計算している男。
なのに、今夜の彼は、まるでどこかが壊れてしまったかのようだった。
「酔ってるの?」
問いかけると、雑渡はふっと笑った。
「……私が? 酔うと思うか?」
「わからないわ。でも……」
🌸はそっと彼の隣に座る。
「あなた、少しだけ、弱く見える」
「……弱い?」
雑渡は静かに杯を置いた。
「……私のような人間が?」
「ええ」
雑渡はしばらく黙った後、ふっと息を吐いた。
「……あの夜、私は燃える屋敷の中にいた」
突如として語られた言葉に、🌸は息をのんだ。
「部下がいた。……いや、"いたはず"だった」
雑渡の声は、どこか遠い。
まるで、遥か昔の記憶を辿っているような。
「だが、私の判断が遅れた。いや——"間違えた"んだ」
手のひらが、そっと火傷の痕を撫でる。
「私が助けたのは、たった数人。……しかし、その何倍もの仲間が、私の命令のせいで死んだ」
「……」
「残された家族は私を責めたよ。……当然だろう? 彼らにとって私は"裏切り者"に等しかった」
雑渡の声には、冷笑が滲んでいた。
「それでも私は生き延びた。火傷を負いながらも、必死で——」
「……それでも、あなたは助けたのね」
🌸の言葉に、雑渡は小さく笑った。
「滑稽だろう? そんなもの、救いにはならない」
「……違うわ」
🌸はゆっくりと彼の火傷に触れた。
「あなたが助けた人がいる。彼だって、そう言ってた」
「……」
「それなのに、あなたはずっと"守れなかった"って、自分を責めてる」
雑渡の瞳が、わずかに揺れる。
「……何が言いたい」
「あなたは、自分を許せていないのね」
静かな夜の中、🌸の声だけが響く。
「私は——あなたの"本当の姿"が知りたい」
「……」
雑渡はしばらく黙っていた。
だが、やがてそっと目を伏せると、静かに囁いた。
「……君は、本当に愚かだな」
その言葉は、どこか震えていた。
次の瞬間、雑渡の腕が🌸を抱き寄せた。
「……私を知るというのは、そういうことだ」
囁きとともに、雑渡の唇が🌸の肌に触れる。
優しく、けれどどこか必死に。
彼はまるで、"確かめる"ように抱きしめていた——。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。