前の話
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ぼーっとしながら街をふらつくだけで、多くの黄色い声が俺をめがけて降り注ぐ。
「ほら見て!ゾンビさんよ!!」
「いつもありがとう~!!」
「僕、将来、ゾンビさんみたいになる!」
そんな彼らの方を向き、作り笑顔でも見せてやれば、更に辺りは騒がしくなる。
俺は「ヒーロー」のゾンビ。
具体的には、平和を乱す「ヴィラン」から世界を守るという活動をしている。
少し前までは、この賞賛の声が死ぬほど心地良かったはずなのに今では騒音にしか聞こえず、彼らには見えないよう顔をしかめた。
身を隠す用に用意していた上着のフードを深く被り、昼間だというのに薄暗い路地裏に足を運ぶ。
最近は、いつでも誰にでも思ってもいない綺麗ごとを吐いて。
化けの皮を被った悪人どもまで助けて。
少しの悪い事も許されなくて。
「自分」ってなんなのか、そもそも何が正義で何が悪なのかにも、モヤがかかったように輪郭がはっきりしておらず答えを出せずに「ヒーロー」をだらだらと続けてしまっていた。
そもそも、「ヒーロー」を始めたのはただの承認欲求だった気がする。
普通の仕事より比べ物にならない給料のせいだったっけな。
そんなくだらない事に頭を使う気にもなれず、日に照らされた道を何も考えずに見つめる。
…なんにも分からないじゃんか。
これじゃ、マルもバツもサンカクも分からない『マル・バツ・サンカク・ハテナ・ヒーロー』だな。
心の中で誰にも聞かせられないような、他にも汚らしく荒々しい、恐らく本心であろう愚痴をこぼしながら錆びついたポストを覗く。
そこにはいつも通り、給料の札束が入っている分厚い封筒が入っていた。
この建物の間にあるポストは「ヒーロー」専用のものだ。
なぜこんなところにあるかは知らないが。
多分、「夢を持った方に給料などと生々しいところを見せてはいけない」などの理由だろう。
成果がどれだけ良くても悪くても給料は変わらない。
悪いところでも良いところでもあるのだが、命がけでやる時も多いし多少は増えてくれてもいいのに。
叶う事のない夢と不満を胸に秘めたまま、帰り路につこうとしたその時。
タイマーでも鳴ったかのようなピピッという音が辺りに響いた。
この音は、敵である「ヴィラン」が現れた合図だ。
軽くため息をつきながら後ろを振り返ると、そこには真っ黒なマントを羽織った「やつ」がしゃがんでいた。
そこには、いつもの凶悪な姿はなく…捨て猫であろう子猫に優しく声をかけながら餌を与えている青年がいた。
こいつが敵である事は間違いないはずなのだが…
声をかけた途端、相手は思い切り目を見開き、心底動揺しているようだった。
にしても慌てすぎだろ!?
普段は気味の悪い仮面を被っているのに、今日は素顔が見えている。
真っ直ぐとこちらを見据えた黒い瞳、整った顔立ち。
なんだよ、イケメンじゃんか。
軽く返事をしたついでに、褒めてやると
少し頬を赤くしながら、俺に礼を述べた。
こいつ、本当に「ヴィラン」なんだよな…?
俺の知っている姿といえば…
・住民を襲う
・街を破壊する
・うるさい…?
などなど。
逆に良いところを挙げるのが難しいくらいだ。
特定のものしか攻撃しないのは気になるが…
ただ純粋に興味を持ったため、スケルトン…スケさんでいいや。
に軽く自己紹介をし、その後も不思議な事に会話が終わらず少しだけではあるものの楽しい時間を過ごした。
彼の口から出てきた、「英雄」という言葉にどっと気分が落ち込む。
嫌な事は軽く流して、ダメもとで「会わないか」と誘ってみる。
その次の瞬間、一気にスケさんの表情が明るくなった。
正直、「来てくれるんだ」と自分が誘ったくせに驚きもあったが、何より。
「ヒーロー」とか「英雄」とか関係なく接してくれた事が本当に嬉しかった。
それからというもの、頻繁に二人で会っていたのだが。
やはり、表面上は敵同士である事には変わりない。
…まぁ、お互いお遊び程度で戦っているだけだが。
なんならスケさんは時々、べたすぎるダサいセリフを言うようになったりとふざけるようになった。
しかし、一応ツッコミキャラらしい。
こうやって突拍子もなくオヤジギャグでも言えば…
と勢い良くツッコんでくれる。
この様子に周りの奴らはどうなのかといいますと…
「ゾンビさん頑張れ~!!」
と普段と変わらない。
この戦いってなんか意味があるのか…?
もはや見世物じゃないか。
しばらくして、戦いも一段落つき今回は引き分けで勝負を終えた。
ある日、いつものようにスケさんに愚痴を聞いてもらっていると。
急に真面目なトーンで俺にスケさんは「ある事」を聞いてきた。
「ゾンビって、なんでヒーローになったんだ?」
静かにそう否定すると、スケさんはこう続ける。
目線を逸らし、少し記憶を辿って思考を巡らせてみても明確な答えは浮かんでこない。
一度前に考えた時もこうだった気がする。
しばらく沈黙があってから、そう尋ねられ俺は黙って首を縦に振る。
すると、彼は寂しそうな笑顔を浮かべてから、天を仰いだ。
そして、夕暮れ時の橙に照らされながら、「少し、昔の話なんだけどさ」と切り出し語り始めた。
彼の目線はいつの間にか下に落ちており、声は震えている。
いつの間にか、スケさんの目には涙が溜まっていた。
それを隠すように拭うと、先程の弱弱しい姿とは一変してどこか芯のある声で言葉を紡ぐ。
話が終わったのか、一つ深呼吸をして、もう一度空を彼は美しい黒い瞳で見つめる。
不思議に思っていた、悪人しか攻撃しない理由もはっきりした。
そこで俺は今までとは違い、本当に真剣に自分に問う。
「ヒーローになりたかった理由は?」
「俺の今、本当にしたい事は?」
「そもそも、「自分」とは?」
しばらくして、一つの答えが出た。
俺は…「人の笑顔を見るのが好きだったんだ。」
最初は、無意識的な人助けから始まって。
別に多くの人に感謝されなくても、少しその人の表情が優しくなるだけで幸せだった。
自分も輝いていくような気がして。
でも、段々とその「人助け」がただの仕事になってしまって。
みんな「ゾンビ」という個人じゃなくて「ヒーロー」としか見なくなって。
必要以上に、良い人にならなきゃいけなくて。
それで嫌になってしまっていたんだ。
優しい笑顔でそう述べるスケさんに、今の想いを一番聞いてほしくて続ける。
俺が放った言葉に彼は首を傾げる。
「絶対にスケさんの事も、救ってみせるから!」
ぱっとその瞬間、彼は驚いたように目を大きく開いた。
そして、目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
それは、俺が見た中で1番良い笑顔だった。
時は経ち、今俺は「道化師」の公演を鑑賞している。
もちろん、それは…
そう、スケさんの初公演だ。
あれから、上の人と何度も話し合って無事、彼は夢を叶える事ができた。
多くの人に囲まれて楽しそうに披露する姿は、見ているだけで心が軽くなる。
「ヴィラン」が実質いなくなったことにより、街は物凄く平和になった。
で、俺はどうしてるかというと…
「ゾンビさん!一緒に遊んで~!」
「僕も!僕も!」
こうして小さい子供の相手をしたりして穏やかに日々を送っている。
その他にも、色んな所に手伝いに行ったりと…
いわば、街のボランティアのようなものだ。
今も、何かに悩んだり、分からないことがあって気分が落ち込む時はある。
でも、そうやって悩みつつ生きる「俺」が好きだから全く苦ではない。
前に自分の事を『マル・バツ・サンカク・ハテナ・ヒーロー』だと例えた事があったが、
それでもいいのかもしれない。
そう言って、俺は曇り一つない笑顔で彼のもとに駆けていった。
『マル・バツ・サンカク・ハテナ・ヒーロー!』












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。