ななもりside
遺品整理の翌日。
皆で朝食を終えて、俺と莉犬くんはフランシスカに連れられてらリアさんの墓参りに来ていた。
母の墓を目前にした莉犬くんは、呆然と立ち尽くす。
何を感じて、何を考えているのか……
それとも何も考えたくないのか、考えられないのか。
莉犬くんは数十分と微動だにせずに、14年前に作られた土の塊をただ見つめていた。
重すぎて息が詰まりそうな空間で、どれくらいの時間がたったか……
ふと、莉犬くんはぐっと俯いて、堰を切ったように声を溢れさせた。
きっと、家族との関わりが希薄だった莉犬くんは知らない。
たいていの親は自分より子を優先する事も、
自身の命より子が大切だって事も、
親が子をいかに愛してるかも……
こんな、こんな残酷なことが言えてしまうのは……
きっと、知らないからってだけなんだ。
声と共に小さくなっていく、叶うことの無い願望。
もう二度と家族に逢えない辛さは知っていても……
幸せな記憶を思い返すことすら出来ない遣る瀬無さは、俺には到底共感してあげられなくて。
掠れた嘆きも訴えも、聞き入れられることはなく風に消えていく。
無情に過ぎていく時間の中で、微かに震える小さな背中をただ見ていることしか出来なかった。
ぱっと前を向いた莉犬くんは、前にすっと両手を伸ばす。
そして、土魔法で花……茉莉花とカーネーションを形作り、墓の前に挿した。
永遠に枯れることの無い花を母に贈って、真っ直ぐな声で別れを告げる。
そう言って莉犬くんは踵を返し、俺の袖口を掴んだ。
墓地を出て城の廊下を歩いていると、突然フランシスカの叔母さんから声を掛けられた。
フランシスカと別れて、莉犬くんと2人で廊下を歩く。
そんなことはない……
仕方ないよ、会ったこともないんだもん……
散々理不尽に振り回されたんだから、理不尽なことしか言えなくても仕方ない……
俺には、俯く莉犬くんに掛ける言葉を見つけることが出来なくて……
部屋に着くまでの間、俺達の間には痛い沈黙が流れ続けた。
ガチャッ……
部屋に入って扉を閉めると、ふと莉犬くんが動きを止めた。
ただの一言も喋らずに、俯き立ちすくむ様子を見てか……
るぅとくんは椅子から立ち上がり、莉犬くんに駆け寄った。
それから片膝を立てて目線を合わせ、頬を撫でる。
撫でられると同時に、莉犬くんの目に涙が溜まっていく。
それを自覚したのか眉間に皺を寄せて、自分の手の甲にグッと爪を立てた。
莉犬くんの手が離れた自分の袖口を見ると、存外に強く握られていたのか、手汗が滲んでしわくちゃになっていた。
何を言っても、莉犬くんは首を横に振るばかり。
ふと、ソファにいたさところとジェルくんもこっちに来た。
さとみくんは、莉犬くんの頭をわしゃっと撫でて声を掛ける。
そう言いながらころちゃんは屈んで、さりげなく手を握る。
莉犬くんは肩を震わせて、ぎゅっと目を瞑った。
そう言いながら、ジェルくんは莉犬くんの後ろにしゃがむ。
なんで、か。
''なんで'' が何に対する疑問なのか、不満なのか、失望なのか……
言ってくれなきゃ、俺達にもわかんないな。
るぅとくんは辛そうに顔を顰めて、震える莉犬くんを抱き寄せる。
俺達は、堪えきれずに泣き叫ぶ莉犬くんを抱き締めて、
頭を撫でて、
手を握って、
背中をさすって、
何も言わずに寄り添った。
辛さに共感してあげることも、''なんで'' に答えてあげることも出来ないけど……
気持ちを押し殺してほしくないことを、我慢せずに感情をぶつけてもいい居場所があることを、ただ彼に知っておいて欲しかった。
・・・・・・。
あれから何十分も泣き続けた莉犬くんはすっかり声も枯れて、ぐったりとるぅとくんにもたれかかっていたけど……
ふと、るぅとくんの肩をぐっと押し返して呟いた。
莉犬くんはコクっと頷いて、ジェルくんの方をじっと見た。
ぽつりとそう呟いて、莉犬くんは寝室に入っていった。
ギッ……パタン
と、ジェルくんは苦笑する。
''我慢しすぎたら壊れてまうし''
''1人にして欲しいんやったら幾らでも待つし、それが嫌なら何時間でも傍におるから''
これまで幾度となくジェルくんから言われて……その度に救われてきたな。
きっとこの言葉が、ジェルくんの優しさの本質なんだろう。
ふと、床に座り込んだままのるぅとくんがぽつりと呟いた。
暗い顔で俯くるぅとくんを見てか、ころちゃんはるぅとくんの手を引っ張って立ち上がらせた。
考えすぎちゃって落ち込んだるぅとくんを通常運転に戻して、後で莉犬くんに気を遣わせないようにして……
やっぱ連携すごいわ、さところ。
それから俺達は、いつもと全く変わらないテンションで雑談をした。
ソファに座ってゆったり気長に待っているとフランシスカも戻って来て、お昼を食べて……
何時間と話していると窓の外も次第に暗くなってきて……
完全に日が暮れたころに、莉犬くんは出てきた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!