第2話

二話
1,002
2019/06/30 09:09
 猫と魚を依頼人に届けたあと、アリスは陽道寺と共に目的地へと足を運んだ。
陽道寺
陽道寺
ここが事務所だ
 紹介された建物を、アリスは見上げる。それは、どこかレトロな雰囲気が漂うコンクリートの四階建てビルだった。入口の扉には華やかなステンドグラスが入っており、真鍮らしき素材のアンティークな看板も下がっている。

 学校からそれほど離れていない位置にあるにもかかわらず、こんな場所があるなどアリスは少しも知らなかった。
陽道寺
陽道寺
うちの事務所には俺を含めて現在四人の探偵が住んでいてな。まぁ、どいつもこいつもロクなやつじゃないが、すぐに慣れるだろう
八代アリス
八代アリス
住んでる……んですか?
陽道寺
陽道寺
ああ
 陽道寺が扉を開ける。
 中を覗いた瞬間、アリスは驚きで目を丸くすることとなった。

 扉の向こうにいたのは、数え切れないほどの犬や猫である。飼い主の帰宅を喜んでか、たくさんの犬達がしっぽを振りながら駆け寄ってきていた。
八代アリス
八代アリス
なっ……な、なんですか、これ!
陽道寺
陽道寺
俺の可愛い家族達だ。よしよしお前達、ただいま
 大きさも種類も様々な犬を、陽道寺が一匹一匹ていねいに撫でていく。
 そうして、彼は部屋の奥に見える階段に向かって大声をあげた。
陽道寺
陽道寺
貴様ら、新しいバイトが入ったぞ!
八代アリス
八代アリス
え? あの、まだ面接もなにも……
 すぐに階段をおりてくる音がして、ひとりの男性が姿を現した。
 癖のあるキャラメル色の髪がどこか人懐こさを感じさせる、スーツ姿の男性である。ネクタイはしておらず、それがラフな雰囲気を強めていた。
甘田
甘田
おっ、早かったね。もう新しい子が入ったんだ。で、その可愛い子犬ちゃんがそうなのかな?
陽道寺
陽道寺
そういうことだ
 ふたりのやり取りのあと、またも階段をおりてくる音がし、今度は着物姿の男性が顔を見せる。レーズン色の長い髪をポニーテールにしている、やや華奢な人物であった。
露月
露月
おかえりなさい、陽道寺さん。お仕事に伺ったのだと思っていましたが……
陽道寺
陽道寺
ああ、仕事だ。その途中で、この娘に出会った
 キャラメル色の髪の男性が余裕のある足取りで、アリスに近付いてくる。
甘田
甘田
はじめまして、甘田かんだです。これから大変だと思うけど、どうぞよろしく
八代アリス
八代アリス
は、はい……。えっと、アリスです。八代アリス
甘田
甘田
わ、名前まで可愛いんだ。ねぇ、歳はいくつ? お兄さんは二十八歳なんだけど、年上とか興味ない?
八代アリス
八代アリス
ええと……十七歳、です……
甘田
甘田
あー、高校生かー……。高校生に手を出すのは、さすがにまずいよね?
露月
露月
すぐさま私が通報しますので、ご安心ください
甘田
甘田
うーん……。お兄さんまだ捕まりたくないから、卒業したらよろしくね
八代アリス
八代アリス
はぁ……
 どこまでが冗談なのか本気なのかわからず、アリスは曖昧な返事をした。
 甘田に続いて階段をおりてきたポニーテールの男性が、アリスに手を差し出す。
露月
露月
私は露月つゆつきと申します。なにかとご迷惑をお掛けすることになると思いますが、よろしくお願いいたします
 アリスは露月と握手を交わした。相手の白く長い指は美しく、まるで女性のようだったが、アリスはそれ以上に露月がもう片方の手に持っているものが気になって仕方がなかった。
八代アリス
八代アリス
……あの、何故ちくわを……
 そう、彼は何故か片手にちくわを持っている。見たところ、包装紙をやぶってそのままかじりついた――というふうだった。
露月
露月
ああ、これは私のおやつですので、お気になさらず
 初対面でちくわを片手にしている人物を前にして、それを意識しないのはなかなかに難しい。少なくとも、アリスは初対面でちくわを食べている人を初めて見た。それも調理済みのものではなく、包装紙から直食いである。
甘田
甘田
そんなもんばっか食ってるから細っこいんだよ、お前さんは。昨日はかまぼこかじってたし
露月
露月
私の至福の時間です……
 うっとりと露月は呟く。どうやら、他人の意見に左右されるたちの男性ではないらしかった。

 ちくわを食べ終えた露月は、自身の手首につけていた透明な数珠を外したかと思うと、それをアリスに差し出してくる。アリスは目をしばたたいた。
露月
露月
お近付きのしるしです。どうぞ
八代アリス
八代アリス
えっ、あ……いいんですか?
露月
露月
はい。ここで働くというのであれば、身につけておいたほうがよろしいでしょう
 言葉の意味がわからず、アリスは首を傾げる。しかし、見たところなんの変哲もない数珠のようだったので、有難く受け取り、さっそく手首に装着した。

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