猫と魚を依頼人に届けたあと、アリスは陽道寺と共に目的地へと足を運んだ。
紹介された建物を、アリスは見上げる。それは、どこかレトロな雰囲気が漂うコンクリートの四階建てビルだった。入口の扉には華やかなステンドグラスが入っており、真鍮らしき素材のアンティークな看板も下がっている。
学校からそれほど離れていない位置にあるにもかかわらず、こんな場所があるなどアリスは少しも知らなかった。
陽道寺が扉を開ける。
中を覗いた瞬間、アリスは驚きで目を丸くすることとなった。
扉の向こうにいたのは、数え切れないほどの犬や猫である。飼い主の帰宅を喜んでか、たくさんの犬達がしっぽを振りながら駆け寄ってきていた。
大きさも種類も様々な犬を、陽道寺が一匹一匹ていねいに撫でていく。
そうして、彼は部屋の奥に見える階段に向かって大声をあげた。
すぐに階段をおりてくる音がして、ひとりの男性が姿を現した。
癖のあるキャラメル色の髪がどこか人懐こさを感じさせる、スーツ姿の男性である。ネクタイはしておらず、それがラフな雰囲気を強めていた。
ふたりのやり取りのあと、またも階段をおりてくる音がし、今度は着物姿の男性が顔を見せる。レーズン色の長い髪をポニーテールにしている、やや華奢な人物であった。
キャラメル色の髪の男性が余裕のある足取りで、アリスに近付いてくる。
どこまでが冗談なのか本気なのかわからず、アリスは曖昧な返事をした。
甘田に続いて階段をおりてきたポニーテールの男性が、アリスに手を差し出す。
アリスは露月と握手を交わした。相手の白く長い指は美しく、まるで女性のようだったが、アリスはそれ以上に露月がもう片方の手に持っているものが気になって仕方がなかった。
そう、彼は何故か片手にちくわを持っている。見たところ、包装紙をやぶってそのままかじりついた――というふうだった。
初対面でちくわを片手にしている人物を前にして、それを意識しないのはなかなかに難しい。少なくとも、アリスは初対面でちくわを食べている人を初めて見た。それも調理済みのものではなく、包装紙から直食いである。
うっとりと露月は呟く。どうやら、他人の意見に左右されるたちの男性ではないらしかった。
ちくわを食べ終えた露月は、自身の手首につけていた透明な数珠を外したかと思うと、それをアリスに差し出してくる。アリスは目をしばたたいた。
言葉の意味がわからず、アリスは首を傾げる。しかし、見たところなんの変哲もない数珠のようだったので、有難く受け取り、さっそく手首に装着した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。