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第1話

仲間とはぐれても
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2021/03/19 03:00
花崎ゆかり
花崎ゆかり
私たちのグループ『すたーどみねーしょん』はこれにて解散となります
花崎ゆかり
花崎ゆかり
応援してくれたファンのみんな、本当にありがとうございました!
 たった一人には大きすぎるステージの上で、ライトの熱に焦がされながら。

 深々と頭を下げて、みんなへの感謝を伝える。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(ファンのみんなには直接挨拶できた)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(けど)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(やめていった仲間たちにはどうすれば気持ちを伝えられるんだろう)
 客席に広がる光の波に大声で叫んでも、私の気持ちは彼女たちには伝わらない。

 彼女たちはこの会場にはいないし、連絡すらできなくなってしまった。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(ありがとうとか、許せないとか、私はまだ思ってるんだけどな)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(どうすればいいんだろ。おばあちゃんならわかるかな……)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(大好きな、無敵のおばあちゃんなら)

 * * *
花崎カンナ
花崎カンナ
私がプロデュースするから、アンタはソロデビューしなさい
 家に帰ってすぐ悩みを打ち明けた私への回答がそれだった。
花崎カンナ
花崎カンナ
アンタの仲間に向けて曲を作ってみればいい。流行れば仲間だって嫌でも気づくでしょ
花崎ゆかり
花崎ゆかり
流行ること前提なの!?
花崎カンナ
花崎カンナ
仮にもトップアイドルだったんだから頑張んなさい
 カンナおばあちゃんは紅白にも出場した超有名歌手だ。

 その孫が、リーダーだけど人気最下位の私。ソロで大人気だったおばあちゃんとは正反対だ。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
大丈夫かな……
花崎カンナ
花崎カンナ
半分はアタシの責任だから気楽にいけ
 おばあちゃんが鼓舞するように私の背中をたたく。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
おばあちゃんは無敵だもんね
花崎カンナ
花崎カンナ
おばあちゃんじゃない、プロデューサーだ
花崎ゆかり
花崎ゆかり
は、はい!プロデューサー!

 * * *



 おばあちゃんが知り合いに作曲をお願いして、私は作詞を担当した。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
生半可な、気持ち、じゃない……
花崎ゆかり
花崎ゆかり
あたしが、一番、あんたを……
花崎ゆかり
花崎ゆかり
んー?どうなんだろ、これ?
 最初に作ったのは、一番人気のメンバーに嫌がらせを続けて追放された子への歌だ。

 脱退が決まったときにあの子は泣いていた。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(一番人気になればシングルマザーのお母さんにもっといい生活させられるって言ってた……)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(二番人気の私にとってはあの子は邪魔なだけだったって……)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(みんな大嫌い、ゆかりは何も考えてないバカ……)
 その言葉で傷ついたのは事実だった。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(許せないけど……)
 そこまで思うほど必死に活動してたんだなって思うと……。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
嫌いになれないよ……

 * * *



 おばあちゃんや作曲家さんにたくさんアドバイスしてもらって、つたないながらも初めての詞を完成させた。

 今はレコーディングスタジオでブースの予約時間を待っている。
氷雨霜月
氷雨霜月
……おはよう、キミもレコーディングか
花崎ゆかり
花崎ゆかり
ひ、氷雨さん。お、おはようデス……
 話しかけてきたのは氷雨霜月ひさめそうげつさん。

 超人気アイドルグループ『月のカタチ』の一番人気だ。ファンのみなさん曰く、クールでかっこいい孤高の王子だそうだ。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(でも、私からすれば冷たいだけというか……)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(私には嫌味とか言うのに、グループのメンバーと話してるのは一度も見たことないし……)
氷雨霜月
氷雨霜月
カンナさんのプロデュースでソロデビューだそうだな
氷雨霜月
氷雨霜月
よくお似合いだ
花崎ゆかり
花崎ゆかり
……アリガトウゴザイマス、ソレデハ
 これ以上氷雨さんに付き合いたくない私は、そろそろ空くはずのレコーディングブースに向かった。



 * * *



 レコーディングは二時間行われた。

 歌い方のアドバイスをしてくれるおばあちゃんの表情は困り顔で固定されていた。
花崎カンナ
花崎カンナ
うん、まぁ……こんなもんか
花崎ゆかり
花崎ゆかり
……まだダメ?
花崎カンナ
花崎カンナ
ダメではないけど……。んー、もう時間ないからね
花崎カンナ
花崎カンナ
アンタもどこが課題か自分で考えなよ
 おばあちゃんに背中をたたかれて、満足できないままブースをあとにする。



 * * *



 外は夜に切り替わろうとしていて、建ち並ぶビルの向こうにうっすらとオレンジが滲んでいた。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
暗いね
花崎カンナ
花崎カンナ
どこに行けばいいかわかってるし、怖くないだろ
 暗いのは苦手だ。寝るときに電気を消す瞬間すら、たまらなく怖い。
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(でも、この道にはおばあちゃんだってついてるんだ)
花崎ゆかり
花崎ゆかり
(きっと大丈夫!)

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