どこか遠くの景色を見るようにこちらを見つめる無一郎。
まるで “ 霞 ” のようにぼんやりとした表情を浮かべつつも、柱相応の実力と強さの持ち主であり、わずか2ヶ月にして柱に上り詰めた圧倒的実力者である。
恋人である私にはわずかな柔らかさを見せてくれるとは言えど、対応はかなり冷たい。
いいや、冷たいと言うか、なんと言うか……
任務の擦り傷を手当てしながら、説教紛いなセリフを口に出す。
まあ、効果はないんだけど。
手当も終わりひと段落つくとコンコン、と扉を叩く音がした。
体温を分け与えるように優しく手を握り、霞がかった表情の彼をじっと捉える。
何度言ったか分からない台詞。
いつしか彼の心に届き、その心の霞が晴れることを信じて。
それでも____やはり、彼と笑い合うのはまだ先の話だろう。
月も淡く輝き、夜の帷が降りてきた頃。
満月よりも一つか二つ欠けた月が私達を照らし、星のような蛍が飛び交う。
無一郎の発言に、幻想的な景色とは似合わぬ素っ頓狂な声を出す。
縁壱零式。実在の剣士の動きを再現した戦闘用絡操人形だそうで、無一郎はその人形を探すつもりらしい。
あの里は安全な方だろうけど、縁壱零式はどうなのだろう。
とてつもなく強いと聞くし、もし怪我を負って帰ってきたら…
本当か、とツッコミを入れるのをなんとか抑えた。
心配している私をよそに、空を見上げながら空虚な目をしている無一郎。
白い鳩が上空を駆け抜け、一つの羽を落とす。
深海に沈む真珠のように美しい羽も、彼にとっては興味がないものだ。
話を戻すように、口を開く。
無一郎自身も詳しく分からないだろうし、分かっていたとしてもすぐに忘れてしまう。
詳しい説明を受けていない私にとって、恋人が強い敵と戦いに行くことは不安そのものだった。
こくん、と小さく頷いた彼を見て
きっと私がこう言ったことも忘れてしまうだろうけど、これはもはや自身に対する言い聞かせのようなものだった。
きっと彼なら大丈夫、と不安を追い払うように。
毛先の白群色をした長い髪が風に吹かれ、整った顔が月光に照らされる。
綺麗…と呟くのを慌てて抑え、目線を月にずらした。
どこかで月が綺麗ですねという言葉は「あなたを愛している」という意味を持つと聞いたことがある。
ふと口にしたが、彼が知っているはずもなく。
いつか無一郎にも、この月の美しさが分かると良いけど。
朧月夜の中、明星が光り輝く。
星の涙を流した空に ” 無一郎の記憶が戻りますように ” と願うばかりだった。
彼と話してからどれくらい経ったのだろう。
時間的にはそこまで長くはないけど、もう数ヶ月も会っていないように感じる。
いつもならすぐに邪魔な思考を追い払うが、今日はその想いに身を預けた。
無一郎だけではない。
” 鬼の妹 “ こと竈門禰󠄀豆子の兄である炭治郎くんも、目的は違えどあの里へと足を運んでいるらしい。
恋柱様や私の片割れのことも心配だし、けど私はどうしようもできないし。
そうだ、そろそろ帰ってきてもおかしくない頃合いだ。
大きな怪我もなさそうだし、なにより無事で帰ってきてくれて良かった。
全身の力が抜けたように安堵する私に、舞花はいつもの調子で笑った。
いつも通りすぎてもはや怖いまである。
辺りを照らす太陽ような明るい笑みを見せる炭治郎かん。
この感じだとみんな無事っぽいし、大きな被害もなかったみたい。
不安そうな面持ちで炭治郎くんを見つめる舞花。
たしかに無一郎はまだ来ていないけど、もしかして何か…
嫌な想像が頭をよぎり、呼吸がしづらくなる。
顔にも出ていたのか、安心させるように微笑んでくれる2人。
似つかないようで、根はどこか似ているのかもしれない。
舞花の言うとおり、迎えに行っても良いかもしれない。
それに、2人の言う ” 良い知らせ ” も気になるし。
好きな人に会えるというだけで、こんなにも心は弾むのか。
柄にもなくはしゃいでしまっていることに気付いて、なんとなく照れくさくなる。
2人の言っていた場所まで足を運ぶと、見慣れた姿を見つける。
____ いや、どこか様子がおかしい、ような。
無一郎から発せられた声だとは思えないくらいに明るい声音。
もう見ることはないと思っていた、彼の笑顔。
その言葉を一瞬疑ったが、月を照らす太陽かのように温かい笑みを見てそれは確信へと導かれた。
前よりも砕けた口調に思わず泣きそうな気持ちを抑え、私も精一杯の笑みを浮かべる。
いま…無一郎が、カワイイって??
今まで彼の口からは聞いたことがなかった、恋人に向けた甘い言葉。
視線が愛おしいものを見つめるソレで、余計照れくさい。
そんな彼の一言から、私の鬼を滅する日常は(良い意味で)変わり果てた。
柱稽古。
それは、鬼殺隊の中で最も強いとされる” 柱 “が様々な分野で一般隊士に稽古をつける機械である。
それだけ聞くと楽しそう、とも捉えられるかもしれないが____
見ての通り、かなり悲惨である。
泡を拭き倒れている者もいれば、意識を失って壁にもたれかかったままの人もいる。
鎖が繋がれたかのような重い一言。一瞬にして空気が変わった。
でもそれは、重たいだけの言葉じゃない。
それはつまり、” みんなに死んでほしくないから、敢えて厳しく解雇をつけている ” ということだ。
それでも、心配なものは心配で。
そんな私の想いを汲み取ったのか、無一郎はこちらに視線を向け数秒悩むような表情を見せたのち、
ほら、さらっとそういうこと言う!!
今までにないくらい甘やかされているような気がして、私はすでに限界を迎えかけていた。色んな意味で。
私は純粋にその言葉が嬉しかったのだけど、後ろは威圧感がある、ような。
もはや私の返事を待つ前に手を引っ張られた気がするけど、気づかなかったことにしよう。
今まで嫉妬なんて全くしなかった無一郎が、こうして妬いていることが素直に嬉しかったから。
未だ嫌な顔をする無一郎を宥めながら、甘味の袋を開ける。
もうすっかり日は暮れていて、辺りも暗くなりつつある。
鼻腔をくすぐる甘い匂いが辺りに充満していき、それだけで癒されるような気がした。
一口齧ると、口いっぱいに甘い味が広がった。
稽古で疲れた体にはよく沁みる。
あの日無一郎に刀鍛冶へ行くと告げられたときのように、星々が私達を見守っていた。
こんな美しい景色の中で食べる甘味は、より一層美味しく感じられた。
何気なく、一口いる?と問いかけようとしたとき、私の中で僅かな抵抗が生まれた。
いや、抵抗というか。記憶が戻ったことで積極的になった無一郎はどこか男の子という感じがして変に意識してしまう。
前までは何も考えずに聞けていたはずなのに、今は心臓がうるさい。
優しくて、だけど少し意地悪な笑み。
照れた私を覗き込むように見つめてくる彼のせいで、どうにかなってしまいそうだった。
今までこんなにストレートな愛情表現を受けていなかった私からすればとっくのとうにキャパオーバーなのに。
冷静なはずの思考はどこへ行ったのか、完全に彼に思考や掻き乱されている。
私らしくない、と思っても、心臓の音が鳴り止まない。
そっか、とだけ言った無一郎。自然と会話は途切れたが、決して気まずい空気ではなかった。
前までは夜風に吹かれ、そのまま消え行ってしまいそうな儚さを持っていた無一郎。
でも今は感情を取り戻したおかげで、彼の存在をより感じることができて。
ベンチに座りながら、ふと空を見上げる。
もう暗くなった空には、星々と月が輝いていた。
あの日惜しくも見れなかった満月が、そこにはあった。
じっと空を見上げる彼がそう言う。
あの日と同じように月光に照らされる彼の横顔は、やはり整っていて綺麗だ。
ふと、彼がこちらを向く。私もそれに合わせるように彼のことを見つめた。
その言葉は、返ってくるはずのなかった言葉。
それどころか、彼から言われてしまうだなんて。
今ならきっと手が届く。好きな人と見る月だから、綺麗に映るのだ。
夜を駆け抜ける星がうつる、美しき空の下で。
どちらからともなく身を寄せ合い、やがて影が重なった。
無限に広がる、美しい天のように、私たちの想いは紡がれてゆく。







![[参加型?]空の上で最後の遺言を、](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/fLidrLhRSUUik4ZkTr7M83BhU0V2/cover/01KCTXMWS5RZ2WT40YN9XJ0C3Y_resized_240x340.jpg)



編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!