アンコン翌日、新しい朝を迎えた二人の話。
扉の向こうからひょっこりと顔を出したマシューは、白い歯を覗かせて屈託なく笑った。ふわりとなびいた髪はセットしていないぶん優しく揺れて、毛先が差し込んだ光に透けて明るく輝いた。
昨夜の名残か、視界がまだ少し霞んでいる。やけに腫れぼったい重い瞼をどうにか持ち上げた。散々酷使されたせいで、目元の筋肉がすっかり弛緩してしまっているようだった。
目が合った瞬間、マシューの眉が少し下がる。
扉の前に立つマシューを見上げながら、ふと考える。
昨日はまるで、終末の気分だった。
明日になったら世界が終わる────地球上のみんなが死ぬんだ─────実際に終末を体験したことはないけれど、きっとああいう気持ちなんだろうと思った。
でも、時計の針は止まらない。こうもあっさりと朝が来て、当たり前にマシューがいる。君がそこにいるだけで、世界がまだ続いていく実感が湧いてくる。
何か言わなくちゃ、と口を開いたけれど、喉の奥がひどく乾いていて上手く言葉を吐き出せない。
何を言うべきかも分からなくて言葉に詰まる俺に、マシューがそっと近づいて両手を広げる。
ベッドに腰掛けたままの俺は、マシューの優しい腕に抱かれ、思い切り胸に顔を埋めた。
まるで赤ちゃんをあやす時みたいに、後ろ髪を優しく撫でられる。
ぎゅう、と力をこめて彼の腰を抱く。心ごと守られているような安心感。胸を引き裂かれるような孤独感で、ベッドに入って眠るのが怖かった。それを打ち消すような温かさに、恥を捨てて縋りつく。
ちゅ、とつむじに小さくキスが落ちる。その音が引き金になって空っぽだった胸が再び震えだした。
─────昨日、あんなに泣いたのに。
込み上げた涙に鼻をすする。
昨日だけでも一生分は泣いたはずだ。まだ出るのかよ、と頭の片隅でどこか冷静な自分が嘲笑う。いよいよ涙腺が壊れてしまったのかもしれない。
体温のこもった柔らかな声が、手のひらのリズムと一緒に耳を撫でる。子守唄のように優しく包まれ、込み上げた涙が目の奥側へ引いていく。
正確な記憶はないけれど、母親の胎内にいた時の感覚って、きっとこうだったと思う。温かい湯船に揺られてほっとひと息つくような心地良さと、絶対的なセーフゾーンにいる安心感。
マシューだって、不安なはずなのに。
それなのにどうして、こんなにも優しく包みこんでくれるの。尋ねたくなるけれど、その答えはとっくに知っていた。……これは彼なりのおまじないなんだ。大丈夫だよ、とお互いに確かめ合うための儀式。
優しい温もりを吸い込むように、大きく深呼吸をする。油断するとまた涙が溢れてきそうで危ない。
夢中になって胸に縋りついていたせいで、いい加減息も苦しくなってくる。酸素を取り込もうと身を捩ると、マシューは腕の中からそっと逃がしてくれる。小鳥を逃がすような優しい仕草だった。目が合った瞬間、マシューの口元がやわらかくほどける。
ブランケットをめくって、その中に彼を招きいれる。冷たい空気を遮断するように隙間なく被せて、ふかふかの空間に2人きりで閉じこもる。
向かい合って目が合うけれど言葉が出てこない。何を言うべきか分からなかった。何を言っても上辺の、気休めにしかならない気がして、そんな薄っぺらい言葉を吐くくらいなら黙っていたほうがマシな気がした。
後にも先にも、こんな朝は二度と来ない。人生に一度きりという意味では、こんな朝でさえもひどく貴重で美しいと思えた。
きっとマシューも同じだった。緩く弧を描いた口元はそのままに、お互いに黙って寄り添っていた。
差し込んだ朝日に照らされて、布越しに温かい光が透ける。その景色に見覚えがあって、頭の中で自然とイントロが流れ出した。
아침이 와
어제와 달라진 눈부신Light
あのMV撮影の時もこうやって、枕に頭を預けて目覚めたんだっけ。当時は演技も何もかも手探りで…正直、感傷に浸れる余裕すらなかったっけ。
あの時は、はじまりの曲だと思っていた。
ようやくデビューを掴んだ俺たちが、ついに新しい朝を迎える。昨日とは違う───練習生の時とは違う、アイドルとしての新しい人生。その静かな幕開けを朝になぞらえてるんだと。
でも、違う。
"新しい朝"は、今、まさにこの瞬間のことだった。
9人だった俺たちが、新しい朝を迎える。離れ離れになる結末を知っていても、時計の針が0時を指すその瞬間まで止まることなく走り続けてきた。
最初の花は、枯れたかもしれない。
でも瞼を開くと、縮こまっていた次の蕾が花開いていく。新しい蕾だ。終わりと同時に、新しい朝がやってきた。
長い睫毛を揺らしていたマシューが、ゆっくりと瞼をあげる。世界と遮断された、ふたりきりの空間。ブランケットの内側で薄くなった酸素すらも、ふたりで幸せを分け合っているようで心地よかった。
マシューは何も言わず、目を細めた。
もともとやわらかく下がり気味の目尻が、さらに緩やかに弧を描く。整った輪郭に余計な緊張がなく、ただ穏やかな笑みだけが乗る。作ったものじゃないとわかるから、余計に沁みるんだ。
「隙がないね」とよく言われる。
でも、本当はそうじゃない。作りたくても作れないんだ。
少しでも隙を与えてしまったら、その隙間を誰かにつっつかれるんじゃないかって不安になるから。……だからいつも先回りして、怖くないようにトントンとトンカチを叩いて、上手に隙間を塞いでおくんだ。
でも、そんな突貫工事も完璧じゃない。
マシューは…この子は、俺の"隙"そのものだった。
そもそもマシューと付き合っていること自体、誰かに知られでもしたら大変なことになる。……それでも俺は、この子を選ばずにはいられなかった。
本当なら完璧すぎるほど自分の周りを固めて、誰にも壊されないような強固な壁を作りたい。でも、この子のために、隙間を空けておきたいと思う。その隙間を埋めるように、マシュマロみたいに柔らかい君がぴったりと収まるんだ。
完璧じゃないほうがいいんだ。
それを教えてくれたのは、他でもない8人の家族たち。マシューを見ると尚更、そう思える。
そっと手を取られ、指先がぎゅっと握られる。温かい手のひらは俺よりも少し小さく、短い爪が子供のようで。
その手をぎゅっと握り直した。思わず漏れた笑みに、君が気づいたかは分からない。しばらく握っていたかったけれど、二人で分け合っていた酸素もそろそろ底を尽きかけていた。
ついにブランケットを剥ぐと、澄んだ冷たい空気と朝日が一気に差し込んで、いよいよ現実世界に引き戻される。
新しい朝が来た。
四季が何度も巡るように、奇跡もまた回り続ける。
いつか9人で花開く日がまたくるかもしれないし、こないかもしれない。どうなるかなんて分からないから、がむしゃらに走って、花が散らないことを証明し続けるしかない。
結末は神様だけが知っている。
だから世界が終わるその日まで、走ることをやめない。
🐹×🦊🔞シリーズに、こちらのR18版を投稿しました。中盤からの展開が異なった内容になっています。未成年の方はご覧になれませんのでご了承ください。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!