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第1話

第一章: 始まりの呪縛
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2025/12/24 14:10 更新


01








 その日はおかしかった。
 朝から、今まで見た事のない蟲が見えた。いつものように登校していると、そこら中に見知らぬ物体がウヨウヨと動いていた。気色悪かった。それでも、誰もそれについて触れなかった。

 夢かと思った。でも、いつまで経っても覚めなかった。国語教師は昨日の続きの文章を読んでいたし、友人は昨日一緒に観た映画の話をしていたし、クラスの女子たちは昨日のドラマの話をしていた。

 起きてから今までの出来事はすべて昨日の延長線であり、それは中本悠太にとって現実であることを証明している。どうやら、おかしいのは世界ではなく、自分らしい。
悠太
悠太
はあ…まじかあ
どしたよ。今日なんか元気ねえじゃん
悠太
悠太
いやあ、それがさ……やっぱなんでもない
    

急にお化けが見え始めました、なんて言えるはずもない。時々、脳の中にパンパンに腫れた腫瘍ができた人は幻覚を見ると聞くけれど、それが自分に当てはまるとも思っていない。それにしたって今日の化け物はおかしい。

 鬱蒼と茂る木々のようにそこら中にいる。授業中もずっと、視界の端で何かが蠢いていた。そして、その何かは、どうやら自分以外の誰にも見えていないらしい。


ああ、気味が悪い。


 マジで頭おかしくなったかな、とある意味恐怖を感じ始めた帰り道。どうにか頭を冷やそうと自転車のペダルを思い切り踏み込み風を切った。それでも脳内に巣食う魑魅は消えない。ああ、嫌だ、嫌だ。






 その姿を目の前にしたのは突然だった。見たことも聞いたこともないナニかが大きな口を開けて立っていた。その唇の奥では真っ暗闇のブラックホールのようなものがずっとぐるぐるしているように見えた。体があるのかもわからなくて、目があるかもわからないのに、じっと見られている感覚が背筋を駆け巡る。

 ただ、目が合ったような気がしたのだ。
 ハンドルを持つ手も、ペダルと地面に触れる両足も、まるで石になったように動かなかった。眼球に張り付いたように動かない。体を左右に少し傾けながら右往左往する相手の目線すらも、恐ろしいくらいの気色悪さに全身の毛穴から汗が吹き出てくるような感覚が走る。

 ジワジワと周りを取り囲むようなその影は今まで見たこともないし、これからも見るはずのなかった"ソレ"から視線を外せない。まるで、そうすることが義務であるかのように。

 しらない、しらない。朝起きて学校に来るまでの間、そして今に至るまで、ここまでの異様な怪異を放つモノはいなかった。

 ただひたすらに、はくはくと口を開閉しながらこちらを見るその瞳から目が離せない。否が応でも飲み込まれる。


 その"目"が、ゆっくりと弧を描く。

 そして、その口が開く。

 悠太はその瞬間、自分の人生が終わったことを悟るのだった。

 ああ、もうだめだ。これはきっと死ぬやつだと直感でわかる。いや、もう死んだかもしれない。

 淡々とした絶望が心を支配し、全てが遠のいていく――その瞬間、何かが脳を侵食するような感覚に襲われた。





『僕を取り込んで』




 脳に直接響くその声は、目の前の怪異と同じものだった。だが今のソレは、この怪異を含むこれまで見た化け物とは何かが違う。

 悠太は直感で悟った。



 ああ、これは、"やばいやつ"だ。



 目の前のコイツよりも遥か上の存在。それでも、今はそれにすがるしか生きて帰る術はない。否、もしかしたら生きて帰ることができるかすらも定かではないかもしれない。

 しかし、そう感じていてもいま語りかけてきたこの怪異は自分に対して害意を向けていないような気がしたのだ。

 ただ脳内に声が響くだけで姿は見えない。何をどうやって取り込むのか。そもそも取り込んだとしてこの怪異は何をどうするのか。そんなことは全くもってわからないし、わかるはずもないけれど。

 不思議と嫌な感じはしないし、自分の勘を信用した。いまこの瞬間を切り抜けるためには"それ"に従うほかない気がしたのだ。




『ユタ、僕を取り込んで』




 もう一度聞こえてきたその声に微弱に点頭すると、目の前にいた化け物が跡形もなく消えた。

 何が起こったのかわからず、ただ呆然と、倒れた自転車の横で立ち尽くす。悠太の前にいたのは、強いて言うならば人ではない何者かだった。

 それは、人のような形をしたナニカ。しかし人間と呼ぶにはあまりにも異質な存在で。先程の怪異などとは次元の違う、純粋なる呪い。





『ユタ』




 ソレが、自分の脳内にそう呼びかける。






悠太
悠太
は、はは
 



あまりにも恐ろしくて、乾いた笑いが漏れる。ナニが起こったのか全く理解できなくて。なんで名前を知っているんだとか、ただただ目の前の存在に恐怖するばかりで。それでも、やっぱりその怪異から嫌な感じはしなくて。自分を真っ直ぐに見つめるその双眸を、此方も見つめ返すしかなかった。

 世界が赤みがかっていることに今気がつく。地平線に沈む太陽が一日の終わりを告げていた。そろそろ帰らなければいけないけれど、この怪異から目が離せない。まるで磁石のS極とN極のように互いの目を見つめ合う。

 ふ、とその怪異が笑った気がした。


未確認の呪霊を発見、至急応援を要請します!


 背後から見知らぬ声がした。今度こそ確実に人間の声だった。
 途端、悠太の視界は暗転したのだ。








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