毎日毎日毎日、起きて仕事に行って嫌味な上司からの小言を聞き流し、寝る為に帰るのが私の日常だ。現代社会に住む大人のほとんどがそんなものだと思う。学生の頃は、仕事をする大人達はもっとキラキラと輝いて見えていたハズなのに、今の私は思い描いていた姿とは正反対だ。
睡眠不足やストレスから精神状態がブレているのがわかる。こういう時は1度アルコールをいれて気分をスッキリさせないと翌日に引きずってしまう。社会人になってから身についた嫌な習慣だ。
私は自宅へと進めていた歩みを繁華街方面へと変えた。 所謂華金な今夜なので、繁華街は多くの人で溢れ、賑わっていた。鬱陶しいキャッチを避けながらも目に付いたオシャレそうなバーへと足を向ける。 今の自分はスーツなので、まぁ違和感もないだろう。 地下にあるバーに続く階段を下りながら、今日飲む酒を何にするか考えていると、疲れていたのか気が抜けていたのか、不意にヒールが滑り踏み外す。
あわや階段落ちか、と目を瞑る私を偶然バーから出てきた茶髪の男性が支える。 私は咄嗟に閉じていた目を開くと固まった。私を支えてくれた男性は、それはもう綺麗な顔をしていたのだ。切れ長の瞳に、柔らかそうな茶髪の髪。シワのないピシッとしたスーツが体格のいい身体によく似合っている。 美しい、という言葉が似合うその風貌に見惚れてしまったのだ。
困惑する彼にハッとすると、慌てて頭を下げる。
彼は通話の為に出てきたのだろうか?私に「気をつけてくださいね」と微笑むとスマホを耳に当てながら地上へと登って行く。
その背中を見つめながら、少女漫画ならばきっと運命の出会いとなるんだろうか。等と思いながらも、ピシッとした彼とヨレヨレの自分のスーツの差に、シンデレラでもこれは無いなと苦笑した。
店内は薄暗く、穴場なのか人がごみごみしてる訳でもなく、しかし全く居ないわけでもなかった。騒がしくないその店内に、居酒屋のノリが苦手な私はホッとするとカウンターの一席へと腰を下ろした。
カウンターの内側にいる如何にもマスターです!と言わんばかりのダンディなおじ様にそう注文をする。アルコールは好きだが味がイマイチ苦手な私は、比較的甘いものしか飲めない。
ふと横を見ると、飲みかけのグラスとアタッシュケースが置いてあった。どうやら隣の席の客は離席しているらしい。
手持ち無沙汰になり、スマホで誰かしらから連絡が来ていないかSNSを確認していると、コトンと目の前にグラスが置かれる。 そこにはオレンジ色と水色が混ざることなく綺麗に注がれている。私はその綺麗なお酒に口元を緩めると小さく感嘆した。
そう笑顔で言えば、マスターは無言で頷くようにゆっくりと瞬きをした。
口にすれば甘い、しかしアルコールを感じる美味しいお酒だ。注文通りのそれに嬉しくなる。
ちびちびと飲んでいると隣の席へ、先程階段で出会った彼が座った。 どうやら離席していたのは本当に彼だったようだ。
私は先程運命の出会いのようだ、なんて考えてしまったせいでなんだか気まづい様な、ドキドキするような気持ちになる。
彼は機嫌が良さそうに笑って、会話を続ける。
口元に手を当てながら静かに笑う彼の言葉にドキッとした。自分と同じ事を考えてるなんて、本当に運命みたいでは…そう思って口元が緩みそうになる。
その綺麗な顔をニコニコと笑み崩す彼は、見た目よりもずっと幼く見える。綺麗な上に可愛いだなんて、ずるいなぁ。
彼はそれに、と付け足して続けた。
そう嬉しそうに言ってから、ウィスキーらしきお酒の入ったグラスを傾ける彼の横顔に見惚れる。
楽しそうに話す彼のその姿はまるで、私が学生時代に思い描いていた「キラキラした格好いい大人」の姿そのものでーーーー
目が合うなり焦ったようにそう言いながらハンカチを取り出した彼に目元を軽く押さえられてから、自分が涙を零していることに気づいた。
羨ましくて。なんて、そんな浅ましい言葉は口に出せなかった。 勝手に憧れていた姿と彼の姿を重ねて起きながらそんなことを言うなんて、そんな格好悪い自分を格好いい彼の前にさらけ出すのは、恥ずかしかった。
彼の言葉に涙が止まった。
"頑張っている"なんて言われたのはいつぶりだろうか。 歳を重ねるにつれて、どんどん言われなくなっていったその言葉が私の中で大きく響く。
優しい声色でそう言いながら、彼は私の涙をハンカチで拭っていく。 何故だろうか?彼の言葉はスポンジが水を吸うように、滑るように私の中へ落ちていく。
ああ、止まっていた涙がまた溢れてくるのを止められない。
彼は私の手をとると、子どもの頃に友人とした様に小指を絡めて約束の歌を歌う。
こんな風に泣いてしまったり、泣いてる女に真剣に言葉を吐き出したり、アルコールのせいなのだろうか?
それでも私は嬉しくて。酔っ払い同士の約束も、彼から貰った言葉も全部嬉しくて、久しぶりに心から笑顔になれた気がした。
目が覚めればそこは自分の住むアパートの一室だった。全て私の妄想で、夢だったのでは無いか。あまりに現実味のない記憶と、名も知らない彼。
私は気恥しさを誤魔化すように首を振って、スマホを探す為に周囲を見やる。
探していたそれは、小さなメモ書きと共にテーブルの上にあった。
[疲れたら、またお話しましょうね 加賀美]












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!