目を覚ました瞬間茜色に染まる空が目に入り俺、あなたの名字あなたの下の名前は慌てて時計を確認した。
この春大学を卒業して就職する予定だった筈が就職活動に失敗し……
そういった思考に陥ってからは就職活動へのやる気も何もかもが消え、気付けば新社会人になって1月の予定だった5月を迎えていた。
仕事も無い、遊び相手も居ないから……結局こうして寝て過ごす。
覇気がない生活をしている自覚はあるものの……アルバイトを始めるのも何だか負ける気がしてならない為、探しもしていない。
こんな俺でも学生時代は優等生で通っていた。成績は常にトップクラス。受験に失敗した事も無い。
そのままエリート街道を歩むのは約束された未来だと思っていたのだから……尚更やる気が出ないのだ。
学生時代は勉強が趣味という程勉強に勤しんでいた。そんな俺に趣味と呼べる物がある訳も無く……。
というよりしっかりとした趣味があるのならずっと寝て過ごすなんてしないだろう。
毎日のように出る溜息には……俺自身ももう飽きてきている程だ。
それでも溜息を吐くしか無く、再び漏らしたその時だった。
軽快な音楽と共に充電器に掛けっ放しになっているスマホが震えた。
ディスプレイに表示されていたのは見知った名前だった。
電話相手は飛風立樹。 幼馴染であり腐れ縁。何なら俺の両親が経営しているアイドル事務所に就職したらしく、今一番聞く話題の人物でもある。
喋りからもわかるように完全な陽キャラの立樹は……誰にでも分け隔てなく接するその性格から学生時代も人気者で有名人だった。
仲良くなったきっかけも立樹が1人で読書ばかりしてた俺に声を掛けてくれたからだ。
そんな奴だから勉強位しか能の無い俺とも親友関係で居られるんだろうけど。
そんな電話相手・立樹は思いがけない事を言った。
食い気味に反応すれば立樹は楽しそうに応じる。
予想外過ぎる単語に俺は電話越しで固まった。
何だか両親のお零れを貰ったようで格好悪いが、仕事が出来るのはこの現状を思えば有難い。
ただとても気がかりな事がある。
両親の経営している会社なのだから多少なりとも情報は入る筈だが……『翼プロダクション』のアイドルの話は一切聞いた事が無い。真面に活動しているのかどうかも正直わからない。
俺が困惑していると立樹が呑気に続けた。
先程何だかとんでもない単語を聞いたような気がしたが……まさかな。
聞き直して改めて重大な事実に気付く。
思わず叫んだ俺にスマホとの距離を離したのか、立樹の声が少し遠くなる。
不安しか無い俺を立樹が必死で励ます。それでもその言葉を鵜呑みに出来る程俺は純粋では無かった。
自問自答のような俺の呟きに立樹が応じる。
立樹のその言葉は……まるで俺の不安を見透かしたかのようだった。
確かに彼女の言うように実際に所属アイドル達と顔合わせをした方が良いかも知れない。
思わずそう言えば引き気味な声が聞こえて来た。
俺が返すと立樹が静かに応じた。
俺が元気に応じたのに対し、逆に立樹は静かになる。
彼女が何かを呟いたような気がして、思わず返す。
しかし立樹はもう普段通りのテンションに戻っており、憎まれ口を叩くだけだ。
俺が応じると通話は切れた。
自分が社長代理を任された事も立樹と仕事をする事もまだ何も実感は湧かないけれど、久々に心が躍るような……そんな感覚を覚えた。
この日普段ずるずると起き続けている俺にしては珍しく、早めに布団に入ったのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。