意識の奥底。
痛みも感覚も、何もかもが霞むような闇の中。
ゆあんは、ひとつの"光景"をぼんやりと見ていた。
___数日前。
《Nocturne》の本部の裏通り。
夜霧がかかる港の倉庫群。
警戒しながら足を踏み入れた、そのとき___
背後から冷たい気配が走った。
振り返るより早く、何かが視界を覆い尽くす。
冷たい手が首に触れた瞬間、視界が黒に染まる。
気づけば、
前に立つ“仮面の男”がゆっくりと微笑んでいた。
金属の仮面に、ひとつの文字。――“N”。
仮面の男は右手をかざす。
赤黒い光がゆあんの額へ流れ込み、
思考が焼けるように掻き乱されていく。
頭の中に、声が響く。
他人の声でも、仲間の声でもない。
___“命令”だった。
その言葉が流れ込むたびに、
自分という存在がどこかへ引きずられていく。
けれど、抵抗の声は空しく消えていく。
視界の中に、仲間たちの姿が次々と溶けていった。
なおきりの笑顔も、じゃぱぱの声も、全部遠くへ___
そう言って、
仮面の男はゆあんの胸に何かを刻み込んだ。
黒い紋章。
その瞬間、ゆあんの中で“何か”が割れる音がした。
意識が戻ると、そこは暗闇。
星のない夜空を逆さまに写したような、無音の世界。
ゆあんはそこに立っていた。
息をするたびに、胸の奥が焼けるように痛む。
気づけば、目の前に「自分」が立っていた。
いや、それは自分ではなかった。
髪の色も瞳の色も同じ、けれど__表情がまるで違う。
血のような紅の瞳。
唇の端を、薄く、楽しそうに歪めている。
ゆあんの胸に焼き付いた黒紋が、脈動する。
どくん、どくん、と鼓動するたびに、
リベルの姿が鮮やかになっていく。
闇が波打ち、ゆあんの足元から薄い水が滲み出す。
リベルの足跡だけが、波紋を立てて歩いてくる。
リベルの指が、ゆあんの顎に触れる。
同じ顔なのに、声が妙に低く、甘く響いた。
それは悪魔の囁きのように、静かで、優しかった。
ゆあんは息を呑む。
言葉の裏に、確かな共鳴を感じていた。
リベルは“悪魔”でありながら、まるで自分の心を代弁するようだった。
影は僅かに笑った。
その笑みはどこか嬉しそうで、悲しげだった。
___瞬間、リベルの身体が黒い光に砕け、
ゆあんの胸へ吸い込まれる。
焼け付く痛み。
だがその奥に、確かな“熱”が生まれる。
声が遠ざかる。
胸の奥で、黒い紋章が脈を打つ。
その鼓動は、もうひとつの“命”の音。
___その音は、悪魔リベルと共に、
生きるという選択をした音だった。
___まぶしい。
瞼の裏に、柔らかな光が差し込んだ。
遠くで誰かの声がする。
その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
ぼやけた視界の中で、
焦ったように顔を覗き込んでくるのは——なおきり。
自分の声が震えていた。
息をするたび、胸の奥がひりつく。
けれど、確かに“生きている”。
あの闇の中、影の男が差し伸べた手。
「生きるか、死ぬか——選べ」
そう言われて、震えながら掴んだその手の感触が
まだ残っている。
なおきりは、息を呑むように笑った。
震える手でゆあんくんの頬を撫で、額を軽く合わせる
その声が涙でかすれていた。
ゆあんくんはただ、その腕の中に顔を埋めた。
___どれほどの時間が経っただろう。
やがて、静寂を破るように通信機からノイズが走る。
なおきりが顔を上げる。
その言葉に、ゆあんくんの背筋が凍った。
まるで誰かの声のように、影が囁いた。
笑おうとしたけれど、
胸の奥がざわついて仕方がなかった。
NEXT→♡25以上












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。