名前を呼ばれて目を開ける。
そこにいたのはポム――ではなく、魔王としての姿を取り戻したレグルスだった。
私達は再会を喜んで抱き合った。
だけど、ここはリムフローレ国の城。レグルスにとっては敵陣ともいえる場所だ。
いつかの時のように、バルコニーにジルベールが立ち、私達を見下ろしていた。庭園には大勢の兵士たちが現れる。その中にはアンリと――戻ってきたらしいレオンの姿もあった。
でも、私達はもう躊躇わなかった。
レグルスは手をかざすと、魔界への入り口を作った。
話し合う気もなく、さっさと逃げようとする私達に慌てたようにジルベールが声を上げる。
ジルベールに強い言葉をぶつけられた私は怯んだが、
ニヤリと悪い顔をして笑ったレグルスは、私を攫うようにして魔界に繋がる入り口をくぐった。
「待て!」とか「ミコ!」とか呼ぶ声が聞こえたが、すべて無視して空間を閉じてしまう。緑豊かなリムフローレ国の庭園とは違い、荒れた魔界の地に降り立った私をレグルスが抱きしめた。
言葉を詰まらせたレグルスと共に辺りに視線を向ける。
記憶を取り戻した今、レグルスの無念さはよくわかった。
私とレグルスが少しずつ積み上げてきた暮らしが壊れてしまったのだ。
荒れた土地の改善のほとんどは、私とレグルスの魔力でどうにかしていた部分が大きい。
そして私は、レグルスに力を渡してしまったから――光魔法ですぐに植物に元気を与えられるわけでもない。
うん、と頷いた私はレグルスに抱きついた。
私の指に嵌っていたジルベールの指輪は、レグルスがぽいっと捨ててしまった。代わりに金の指輪を嵌められる。
ポムと共に過去の記憶を探していた時にも、金の指輪があったような気がする。
あの指輪はどこへ行ってしまったのだろうか。
子どもっぽくむくれたレグルスは、捨てたジルベールの指輪を燃やしてしまった。
多分、ものすごくお高い指輪だろうけど……。
私は指輪の嵌った手を胸に抱く。
こうして、ごくごく平凡な女子高生だった私、九谷ミコは、異世界に聖乙女として召喚され――魔王の花嫁になったのだった。
これはまだミコと出会う前の話だ。
俺――レグルスは、『聖乙女』が召喚されたと聞いて、すぐにリムフローレ国の動向を探った。人間界の様子を映す水鏡で、聖乙女とやらの顔を拝む。
平々凡々な少女。それがミコの第一印象だ。
「聖乙女様! 聖乙女様!」とおだてられてオドオドとしている様子は哀れですらあった。
聖乙女は異世界から召喚されると伝え聞いてはいたが――ある日突然知らない世界に喚ばれ、友人も家族もいない状況に放り出され、国のために力を貸してくれと懇願されるのだ。俺なら煩わしく思って、国を滅ぼしてしまうかもしれない。
しかし、ミコは健気だった。
せっせと図書館に通っては本を読み、魔術の基礎の基礎から学びだし、体力づくりのためとランニングまで始めた。
俺はいつしか、ミコの様子を確認するのが日課になっていた。
そして、ミコの周囲をウロチョロする男たちの様子も、必然的に見る羽目になった。
リムフローレ国の王子・ジルベールは、ミコをこの世界に召喚した張本人だ。
王家の人間が神に祈りを捧げ、それが聞き入れられると『聖乙女』は選ばれるらしい。
自らが喚んだ救世主の存在に、ジルベールはすぐに夢中になった。
ジルベールが婚約者に別れを突き付けるのは、ミコが現れてすぐのことだ。
泣き崩れる婚約者を宥めたジルベールは、彼女を家の者に引き渡すと、私室へと戻った。
ジルベールの部屋の天井には「聖乙女降臨」の絵が描かれ、家具の意匠もよくよく見れば『聖乙女』――天使のような少女が、国に富をもたらすように腕を振り上げたり、祈りを捧げているような彫刻が施されている。
ジルベールが部屋の奥にあるキャンバスの布をとった。
描かれたばかりらしい絵は、ミコとジルベールの結婚式の様子である。
その絵をうっとりと見つめたジルベールが呟く。
俺はジルベールから離れた。
次はミコの周りをうろちょろしている護衛騎士・レオンの様子を見てみることにする。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!