微熱
拠点は、静かだった。
あの日以来、フェーズは発動していない。
でも誰も「終わった」とは言わない。
大夢はいつも通り笑っている。
理人の隣に座り、
匠海の軽口に小さく笑い、
京介のツッコミに肩を揺らす。
完璧な、日常。
でも。
理人だけが、違和感を持っていた。
理人「大夢」
大夢「ん?」
理人「さっき、俺の名前呼んだ?」
大夢は首をかしげる。
大夢「呼んでないよ?」
理人の眉がわずかに動く。
確かに聞こえた。
イヤーモニター越しに。
ノイズ混じりで。
『……りひと』
そのとき。
地下フロア。
紫乃は端末を睨んでいた。
ログは消されたはずだった。
でも。
新しい通信がある。
outbound spike detected
host signal unstable
紫乃の呼吸が止まる。
紫乃「……始まってる」
送信元。
特定不能。
でも。
感情波形が一致している。
フェーズ2で記録したデータと。
上階。
大夢が突然、手を止める。
理人「どうした」
大夢「……なんか、あつい」
額にうっすら汗。
洸人が立ち上がる。
洸人「体温上がってる」
柾哉「フェーズ反応か?」
モニターが勝手に起動する。
direct host candidate : syncing
空気が凍る。
理人の心臓が跳ねる。
大夢の瞳が、一瞬だけ光る。
紫乃が階段を駆け上がる。
紫乃「触るな!」
全員が振り向く。
紫乃の顔は青い。
紫乃「今、切断したら危ない」
柾哉「何知ってる」
紫乃が一瞬、迷う。
でも。
言う。
紫乃「俺の回線が媒介だった」
静寂。
匠海「……は?」
京介「どういう意味や」
紫乃「フェーズ中の感情データ、全部俺経由で外に送られてた」
大夢が、ゆっくり紫乃を見る。
大夢「……しの?」
その声が、わずかに二重に響く。
sync 41%
理人がひろむの手を掴む。
理人「大夢、俺見ろ」
大夢の視線が揺れる。
理人の顔を見ている。
でも、焦点が合わない。
モニター。
host confirmed : t.h
空気が、止まる。
柾哉の拳が強く握られる。
洸人が低く言う。
洸人「最悪だ」
紫乃が一歩前に出る。
紫乃「俺が止める」
柾哉「どうやってや」
紫乃「中枢ごと切る」
理人が顔を上げる。
理人「それって」
洸人が答える。
洸人「宿主の意識も飛ぶ可能性高い」
沈黙。
大夢が、小さく笑う。
大夢「大丈夫だよ」
理人「黙れ」
大夢「僕、強いから」
でも声が震えている。
sync 58%
紫乃の手が震える。
紫乃「俺のせいだ」
柾哉が低く言う。
柾哉「今は責任の話じゃない」
洸人「選択の話だ」
モニターに表示。
full sync in 120 seconds
匠海が息を呑む。
京介が前に出る。
理人は、大夢の手を離さない。
紫乃は端末を開く。
柾哉が全員を見る。
リーダーの目。
タイマーが、減っていく。
119
118
117
大夢が小さく呟く。
大夢「理人」
理人「何」
大夢「もし、僕が変わっても」
理人「変わらせへん」
即答。
残り100秒。
続く。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!