理由は分からない。
何故だか、違う気がした。
何かが
葵ちゃんの、何かが。
とりあえず、思いついたことを言ってみる。
こんなんでこいつの機嫌を良くできるなら、朝飯前だ。
…物理的に。
少し、葵の顔が曇ったような気がした。
葵は何か言いたげで、
僕の「どうしたの?」という言葉を待っているようだった。
ストン…
とりあえずソファに座らせる。
もちろん隣に僕も座って、
ギュッ
手を握り、“彼氏感”を演じてみる。
まぁ、正確にはなんでも右から左に流すんだけど。
興味無いし…
興味、無い、し
葵の声は震えている。
今にも泣き出してしまいそうだ。
葵はそういって、僕の手を離す。
なにか、言いたかった。
別にこいつが居なくなったって、変わりはいくらでもいる。
だから、今までの僕ならすぐに捨ててた。
なのに…
なのに、なにも言葉が出ない。
心に穴が空いたような、
この気持ちはなんだろう
初めての感覚で、少し困惑する。
なんで、?
なんで僕が謝るの?
分からない
ただ、ひたすら分からない。
何聞いてるの、僕。
こいつが僕のこと好きでも嫌いでも、
僕には何も害は無いはずなのに
目を見つめて、また言う
泣きそうな、でも笑ってる顔で。
あれ…
僕さっき、なんて思った?
この気持ちが分からないまま、
でも、何も言わないと、葵がもう僕のところに来ないかもしれない。
そう思うと、何かしらは言わないと、と思った。
これは本心じゃない。
ただ、遊びだと、自分に言い聞かせた。
ギュッ…
葵は半泣きでそう言って、僕の胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。
僕は、何も言葉を発さないまま、抱きしめた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
とにかく、しばらくの間抱きしめ合ったあと、僕はこう言った。
僕は、葵のOKが出る前に、ベットへと連れて行った。
この、なんとも言えない劣情も、
どうすれば良いのか分からない躊躇いも、
一度火がつけば燃え上がるから。
葵は僕がそう言った時、初めて頷いた。
この夜は、前よりも美しい夜になった。
邪魔なものは全部忘れ去って。
この、蕩けるような夢のなかで、
葵の全てを見たいと思った。
僕は、初めて葵を家に入れた時、こう言った。
って。
葵がシンデレラなら…
ダンスホールで2人だけ、ダンスをしているような背徳感が、この夜にはあった。
でも、今は葵の心を覆っていた、ドレスは消えている。
これが、本当の姿だと思った。
思わず溢したこの言葉に、葵ちゃんは微笑む。
葵ちゃんが落としたガラスの靴。
前までの僕だったら、
拾って、割っていただろう。
でも今の僕は、
左足のガラスの靴を拾って、ずっと隠しておくかもしれない。
だって、そうしたら、会える口実ができるから。
時計の秒針の音は、もう聴こえない。
最後まで、
朝が来るまで。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!