歴史は繰り返すのではない。ただ、忘れられた頃に、かつてと同じ貌(かんばせ)で牙を剥くだけだ。
日露戦争の勝利と、ポーツマス条約の締結。日本が栄光の記憶として歴史の棚に収めたその出来事を、北の大国は屈辱の記録として決して忘れてはいなかった。そして、昭和が終わりを告げ、世界が冷戦の雪解けに微かな希望を抱き始めた1988年の夏、その亡霊はオホーツクの海霧の中から、再びその姿を現し始めていた。
ソ連極東軍管区における、演習の名目で行われる常軌を逸した戦力集結。その不気味な沈黙の意図を、統合幕僚長・めめんともりをはじめとする日本の最高司令部は、鋭い警戒心をもって見つめていた。
最初の凶兆は、9月3日の未明に訪れた。
北海道の監視空域を飛行していた航空自衛隊のRF-4E偵察機2機が、正体不明のミサイル攻撃を受け、レーダーから掻き消えたのだ。
市ヶ谷の地下司令部で、航空幕僚長・Latte(ラテ)が激昂した。だが、その激情を海上幕僚長・ウパパロンが冷徹に制する。
その翌日、破滅への序曲は、より明確な形で奏でられた。
日本海を警戒航行中だった護衛艦「なつぐも」、DD-117が、ソ連軍原潜からの魚雷攻撃を受け、轟沈。乗員170名の命が、北の冷たい海へと消えた。その一報に、常に冷静な理論派であるウパパロンの顔から、初めて表情というものが抜け落ちた。データの奥に隠されていた、仲間を奪われた無言の怒りが、彼の心を支配した。
もはや、疑いの余地はなかった。これは、戦争への序章である。
その夜、官邸の執務室。竹下首相は、目の前に立つ自衛隊史上初の女性統合幕僚長、めめんともりの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「統幕長。……君に、この国の未来を委ねる。全権を君に与える」
その言葉の重みに、彼女は一瞬、呼吸を忘れた。卓越した戦略眼と、部下と国民を思う深い人間性。その両方を併せ持つ彼女にとって、この決断は国土防衛であると同時に、日本の文化と人々の穏やかな暮らしという「守るべきもの」すべてを賭けることを意味していた。誰よりも深く苦悩し、そして彼女は、国家の防衛の最高責任者として非情な決断を下す。
市ヶ谷の司令部に戻った彼女の瞳には、苦悩を乗り越えた、鋼の意志が宿っていた。
中央指揮卓の前に立った彼女に、司令部の全ての視線が突き刺さる。マイクのスイッチを入れる、小さく、しかし重いクリック音が響いた。
凛とした声が、司令部の隅々まで浸透していく。そして、彼女は言葉を続けた。その声は、歴史の法廷に立つかのような厳粛さを帯びていた。
日本にとって、最も長い一日が、始まろうとしていた。
どうも、はやつーさんです
軍事IF 「極東の聖戦」をご覧いただきありがとうございます。
今回は第二次日ソ戦争が起きた世界です。
すでに全て完成済なので、4話で終わる予定です。
ま、よろしくお願いします。
時間は15時です。(プロローグは22時半に出ましたが…)
公開日付
9/7 プロローグ
9/10 鋼鉄の帷
9/13 士魂、北に燃ゆ
9/16 赤旗と絆の盾
9/19 札幌凱歌












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。