第61話

59話:『ぬるい思い出』
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2025/09/02 03:22 更新
――その日は、雨だった。

雨脚は強くも弱くもなく、ただ、静かに降っていた。

公園の屋根の下、
濡れたブランコの音だけが遠くでギイギイと鳴っていた。
風乃翠扇
風乃翠扇
雨、好き?

翠扇がそう尋ねたとき、躑躅はわずかに目を伏せた。
飴宮躑躅
飴宮躑躅
……ううん。好きじゃない
風乃翠扇
風乃翠扇
ふふ、そっか。躑躅は晴れの方が似合うと思った
飴宮躑躅
飴宮躑躅
どうして
風乃翠扇
風乃翠扇
だって、あなたの目は燃えるように赤いから。
雨が似合う私には、眩しすぎるくらい
そう言って、翠扇は笑った。
濡れた髪を結い直しながら、傘を差し出してくる。


でもそれは、躑躅の方じゃなくて、
自分の肩にそっと寄せるように差し出された。
風乃翠扇
風乃翠扇
私はね、躑躅の“冷たい声”が好きなの
飴宮躑躅
飴宮躑躅
……なんで
風乃翠扇
風乃翠扇
冷たい声って、誰かに優しくなれる余白があるから
その言葉に、躑躅はほんの少しだけまばたきをした。

心の中の何かが、水の波紋みたいに揺れた。







ベンチに座り、缶コーヒーをふたつ。
風乃翠扇
風乃翠扇
これ、苦い
飴宮躑躅
飴宮躑躅
当たり前よ、大人味なんだから
風乃翠扇
風乃翠扇
大人って、こういうのを我慢して飲むの?
飴宮躑躅
飴宮躑躅
我慢じゃないの…そういう味が、“わかるようになった”っていうだけ
そう言って翠扇は、
飲み口に残ったコーヒーを指でぬぐって、躑躅の唇に触れた。
風乃翠扇
風乃翠扇
……苦い
飴宮躑躅
飴宮躑躅
でしょ。でも、嫌いじゃないよね?
風乃翠扇
風乃翠扇
……うん、たぶん、躑躅と飲んでるから
空はまだ灰色だった。


けれど、その日だけは、雨が少しだけあたたかかった。

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