カイ side
ぽつりとそう言って、リョウガは楽屋を出ていった。
一瞬だけ見えた目が、少し潤んでいた気がした。
ライブ本番ですら滅多に泣かない人だ。
その違和感が、妙に胸に引っかかる。
さっきまで一時間近く、あれだけ激しいダンスナンバーを踊っていたのに、
リョウガはほとんど汗をかいていなかった。
最初は「さすがだな」と思った。
でも今になって、それが不自然に思えてくる。
息は荒いのに、顔色は白いまま。
視線もどこか定まっていなかった。
嫌な予感がして反射的に立ち上がり、楽屋のドアへ向かう。
振り返ると、ユーキが真剣な顔でこちらを見ていた。
その手にはペットボトルの水。
気づいてたのか。
そう言って、無言でペットボトルを押し付けてくる。
ユーキは小さく頷くだけだった。
“頼んだ”とでも言うみたいに。
俺は水を握りしめ、楽屋を飛び出した。
廊下は静かだった。
レッスンスタジオから離れると、さっきまでの音楽が嘘みたいに遠い。
返事はない。
医務室の方向へ急ぐ。
その途中、何かが擦れるような音がして足を止めた。
角を曲がる。
リョウガが、壁にもたれかかるように座り込んでいた。
呼吸が荒い。
肩が小刻みに上下している。
それでも、汗はほとんど出ていない。
ペットボトルを差し出すと、少しだけ迷ってから受け取った。
言った瞬間、リョウガの目が揺れた。
ほんの一瞬だけ。
助けを求めるみたいに。
でもすぐに逸らす。
立ち上がろうとして、ぐらりと体が傾く。
咄嗟に肩を支える。
思っていたより、ずっと軽かった。
声に力がない。
そのとき、足音が近づく。
短い一言。
でも、その目は真剣だった。
責めるようでいて、責めていない声。
リョウガは、怒られてる時の子供のように目を伏せる。
図星なんだろう。
静かな廊下に、その言葉だけが残る。
リョウガの肩が、わずかに震えた。
カイはそっと支える腕に力を込める。
リョウガは何か言おうとして、
でも言葉が出ない。
その目が、今度こそちゃんと揺れた。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!