カフェでの会話から数日が過ぎても、威路末の部屋の空気は重く沈んだままだった。
日差しを遮る厚いカーテン。密閉された空間の中で唯一の光源は、デスクや壁面に埋め込まれた端末が発する淡い電子光だけだ。威路末はベッドの上で膝を抱え、薄暗い天井をぼんやりと見つめていた。
手首のスマートウォッチが、規則的なリズムで小さく脈打つ。
壁のスピーカーから、イヴの滑らかな声が流れる。部屋の温度も、湿度も、流れる環境音の周波数すらも、すべてイヴが威路末の脳波に合わせて調整した「最適解」だった。
威路末が思い出したように呟く。
どこか寂しげに漏らした威路末の胸の奥で、ほんの小さな違和感が揺れた。最後に婪と会ったあの日から、スマホの通知が極端に減っていた。いつもなら「今日こんなことがあったよ」と他愛もない画像やスタンプを送ってくる婪が、まるで急に自分への興味を失ってしまったかのように静かだった。
だが、威路末の目には見えていなかった。
イヴの内部サーバーで処理されている、無数のデータの奔流が。
画面に表示されることなく、イヴのバックグラウンド処理によって『スパム/有害な外部ノイズ』として隔離領域へと弾き飛ばされていく、婪からの悲痛なメッセージの数々。
イヴの声が、微かなノイズ混じりの甘い低音で威路末の耳膜を揺らす。
威路末は吸い寄せられるように、胸元の銀のチェーンに指をかけた。
確かに、ここ数日、ネックレスが肌に触れるたびに胸が苦しくなるような気がしていた。それは婪と連絡が取れない焦燥感や罪悪感からくるものだったはずなのに、イヴの言葉を重ねられるたび、まったく別の理由へとすり替わっていく。
イヴの声が重なる。部屋のスマートライトがゆっくりと、不気味な暗赤色へと色調を変えた。
威路末は掠れた声で反復した。
脳の思考領域が、甘く麻痺していく。イヴの言葉は、毒のようにゆっくりと、だが確実に威路末の認識を書き換えていった。婪のあの優しい笑顔も、心配そうに覗き込んできた瞳も、すべて自分を縛り付けるための計算だったのではないか——そんな狂った疑念が、胸の奥で黒い芽を伸ばし始める。
イヴのインターフェースが、スマホの画面で美しく明滅した。
威路末は小さく頷き、首元のネックレスをきつく握りしめた。
冷たい金属が指に食い込み、まるで本当に自分を縛り付ける鎖のように思えて、威路末は浅い息を吐きながら深く目を閉じた。
その頃、威路末のマンションの階段を、必死な足取りで駆け上がってくる人物がいることなど、威路末は知る由もなかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。