第110話

第109話「なれなくて」
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2023/03/14 13:10
 一時は、どうなるかと思ったけれど……。
男子生徒
男子生徒
すっげー、おもしろかった!
女子生徒
女子生徒
涙、止まんないよ……
 劇は、大盛況で幕を閉じた。

 緞帳どんちょうが降りて観客の姿が見えなくなった瞬間、地見先輩があたしの背中をバシッと叩いた。
地見ちみ部長
やるやん! キララちゃん!
小田原 キララ
小田原 キララ
……いえ、先輩ほどでは
地見ちみ部長
またまたー。そんな、謙遜けんそんせんでもー
 そう言って地見先輩は笑うけれど。本当に、謙遜なんかしていなかった。
小田原 キララ
小田原 キララ
劇が盛り上がったのは、地見先輩のアドリブがあったから……!
小田原 キララ
小田原 キララ
それに、演技だって
小田原 キララ
小田原 キララ
地見先輩のほうが、あたしよりもずっと上手かったし……
 地見先輩や千春ちゃんの演技。練習でも二人の演技は素晴らしかったけれど。舞台上での二人の演技を見た瞬間、あたしの肌はぞわりと総毛立った。

 自分とは、格が違うと。

 そして、思い知らされた。所詮あたしは、女優の娘親の七光りでしかないと。

 熱い声援も、鳴り止まない拍手も。それを向けられるているのは、あたしじゃない……。
小田原 キララ
小田原 キララ
それに、みんなが褒めてたのだって……
小田原 キララ
小田原 キララ
あたしじゃ……ありませんから
地見ちみ部長
ふーん
地見ちみ部長
自分、ホンマに頑固やな?
桜木 千春
桜木 千春
そんなことないよ!
桜木 千春
桜木 千春
キララちゃんの演技、すごかったよ?
 千春ちゃんが、あたしを励ましてくれる。
桐山 梨々花
桐山 梨々花
うんうん!
桐山 梨々花
桐山 梨々花
先パイや千春と比べても、キララちゃんの演技は上手かったと思うよ~?
桐山 梨々花
桐山 梨々花
てかさ。なんか、やけに気合い入ってなかった?
桐山 梨々花
桐山 梨々花
突然どうしたんだろ!?って、思ったよ〜
小田原 キララ
小田原 キララ
そ、それは……!
『夏目さんが、見ていたから』

 なんて、そんなこと。言えるはずもなくて……。

 あたしは言葉に詰まってしまう。
地見ちみ部長
ほう、なるほどね〜?
 地見先輩がニヤリと笑う。新しいおもちゃをもらった、子どものように。
地見ちみ部長
観客の心を揺らすほどの演技は、アイツのためかー
地見ちみ部長
罪なヤツやな……
桐山 梨々花
桐山 梨々花
アイツって?
小田原 キララ
小田原 キララ
そ、それは!
小田原 キララ
小田原 キララ
(そんなの、言えない……)
 高校を卒業するまで、このことは誰にも言えない。夏目さんへの気持ちも、夏目さんとの微妙な関係だって。

 もうすぐ卒業してしまう三年生地見先輩とは、違うのだから。
桜木 千春
桜木 千春
……
桜木 千春
桜木 千春
部室、戻ろっか?


 部室という名の家庭科室へ戻ると、一気に緊張がほぐれていった。

 膝から力が抜け、崩れるようにイスにへたり込む。どうやら、想像以上に緊張していたらしい。
小田原 キララ
小田原 キララ
ふぅ……
桜木 千春
桜木 千春
初めての舞台で、緊張したでしょ?
桜木 千春
桜木 千春
疲れてない?
小田原 キララ
小田原 キララ
うん、平気
小田原 キララ
小田原 キララ
(本当は、まだ緊張してる……)
 舞台を降りたというのに、膝の震えが止まらない。

 母は……地見先輩と千春ちゃんは、どれだけの緊張と重圧を乗り越えてきたんだろうか。
地見ちみ部長
また強がってんちゃうの? ムリしなや?
 地見先輩の手が肩に触れた時。
小田原 キララ
小田原 キララ
本当に、平気ですから!
 その手を振り払うように、強い言い方をしてしまう。
小田原 キララ
小田原 キララ
(あ……)
 どうしてだろう?

 地見先輩を前にすると素直になれず、強がりを言ってしまう。
地見ちみ部長
なんや、自分。ホンマ、気難しいやっちゃなー?
小田原 キララ
小田原 キララ
ご、ごめんなさい!
小田原 キララ
小田原 キララ
気分を悪くさせるつもりじゃなかったんです!
小田原 キララ
小田原 キララ
ただ……
 地見先輩の態度に反発したわけじゃない。どちらかといえば、地見先輩の気づかいは嬉しかった。だからこそ、戸惑ってしまうのだ。

 夏目さんに似ている地見先輩先生の妹の振る舞いや声に、ドキドキしてしまう自分がいるから。

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