第49話

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2023/06/04 08:57 更新
思えば、彼と対峙するのは初めてだ。あの時は新たな世界を知りたくて、退屈な地獄を捨てたくて、命を捧げるために彼に近づいたから。純朴で常識はずれな少年の心臓となった彼とはもう会えないのだろう、だからこそこれを機に感謝の一つでも伝えてみようか。かつての邪悪な姿を捨てた彼はポチタと呼ばれてデンジくんの家族同然に人生を共にしたと聞いていたけれど。何故彼が本来の姿を捨てたのか、デンジくんと共に生きることを決めたのか、彼は何を願うのか。ダメだ、気になることがありすぎる。どうせならこの賭けを最中に全て聞いてみよう、彼の口から聞くのが1番情報としては正しい。尾鰭のついた口伝でも想像の余地があってそれはそれで楽しいけれど、今しかないこの機は逃せない。だってチェンソーの悪魔を鎮めなければならないから、本人と会えるのは後にも先にもきっとこれっきりになる。いつもと変わらない街並み、女を引き連れて街や人を殺戮していく地獄のヒーロー。まさしくあれが、チェンソーの悪魔。ん?あの女、姫野君の後輩じゃあないか。何故チェンソーの悪魔と?悪運が強い女だとは思っていたけれど、まさかここまでとは。後で成り行きでも聞いてみようかな。やぁやぁと軽めな挨拶を投げかける。暗示を交えながら。鼓膜を劈くエンジン音が緩やかに止んでいく。ギ、ギ、と無理矢理に動かそうとする挙動。無理だよ、俺の能力に飲まれてるからね。


「こんにちは…♪久しぶり、の方が合っているかな。あの時はどうも。君は覚えていないだろうけどね。おかげで人間界を楽しんでいるよ。」

「……。」


探りを入れる視線。眼がなくとも感じるものはある。気配が伝えてくる。小脇に抱えた東山くんは顔から出る汁を全て出して泣いている。死に際のすんでのところでずるずる生かされ続けると人間はあんな声で泣くのか、へぇ。一つ知見が増えた。さすがは地獄のヒーロー、悪魔は軒並み切り刻もうと、人間には手出しをしない。


「おや、…ぉ、…おお!すごいな!」


バツンッ


弾け飛ぶ音がした刹那、俺の腕が宙に舞う。空吹くエンジン音と焼けたオイルの匂い。不完全に燃えた黒煙が彼の体の節々から上がる。高速で回転する電鋸。負けた、能力を跳ね除けられた?嘘だろう??桁違いに強い悪魔とは知っていたがここまでとは。だって今まで暗示を打ち負かされたことなんて。生き残った手が震える。それどころか吐く息さえも震えた音をたてる。そんな、だって今までこんな事味わったことがない。こんなの、こんなの、

興奮してたまらないじゃないか…!

デンジくんを引き摺り出すつもりだったが知りたくなってしまった、彼の強さ。エンジンにつながる神経や筋肉を制御できないなら、認識は?脳の伝達を組み替え、


「おっ。……へぇ…♪」


右足が吹き飛ぶ。太腿まで輪切りに刻まれ血が孤を描く。ダクダクと動脈から血が吹き出す。これはまずいな、失血まであと何分もかからない。俺の能力よりも早く体を刻まれている。この悪魔は俺の暗示の気配に勘づいている。マキマでさえも気づかない俺の能力に。さすが、最強最悪の悪魔だ。これでは到底及びもしない。バランスを崩し地に伏せる。彼に集中させた神経が微かに端で東山くんの悲鳴を捉える。そんなまだ死んでないから静かにしておくれ。ゆっくりと近づく足音、焼けたオイルの匂いと排気のような呼吸音。それで俺を刻み殺すか。申し訳ないが、あの退屈な地獄に逆戻りはごめんなんだ。君の強さは知りたい、この上なく、喉から出るほど君のことを知りたい。どれなら効くか、どれならねじ伏せられるか、ここまで手を焼いたのは、生まれてこの方初めてなのだから。けれど、それは今回は諦めてやろうか。謎は謎のままの方が燃えることだってあるしね。


「…それにそもそも…別に俺は君と戦いにきたわけじゃない。」


血が抜けて頭がすっと冷えていく。ちょっと力試しのつもりで先に手を出してしまったし、それで燃え上がってしまったのは此方だけれど、別にチェンソーの悪魔を手籠にするために会いにきたわけじゃない。彼を見据える。もう一片の足が飛ぶ。まだ彼の認知を歪める手段は数多にある。けれど、それを使わずに彼が俺の元へ来るのを待つ。どの暗示をかけても先に体を脅かされる。のらば、暗示などかけなくてもいい。跪く俺に目線を合わせるように傅くチェンソーの悪魔。

あの時を思い出す。死を願う俺をありのままに受け止め貫いた君を。君は何より優しかった。ただ、その強さの制御ができないだけで、誰かの心に触れ、添うことを渇望していた。


「…必死に守っているんだね、デンジくんを。」

「.….。」

「さっきは興奮して悪かったね。興味には本能的に抗えないものだから。…君も俺も、彼らも皆同じだ。君の奥に眠る彼に伝えて欲しい。不安にさせてごめんね。…未来は、君次第だよ。」


最早覚束ない手。何とか縋るように目の前の悪魔の皮を被った彼を手繰り寄せて抱きしめる。


「…まぁ、わかってても性には勝てないよね、」


腹に突き刺さる刃。背中を突き抜けて肉を裂く音。ぶちぶちと神経と筋が引きちぎれる感覚。目の前が白む。

ああ、またあの退屈な日々に逆戻りだ。

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