懐かしい人の夢を見た。
大好きな彼女は何かを話してるのに、その声は波音にかき消されて届かない。
『何?何を言うとるん?』
『ーー』
『こっち向いてくれんと分からんて』
『ーー』
『なぁあなたの下の名前?』
そうや、あなたの下の名前や。
思い出した彼女の名前をもう一度呼ぶ。楽しそうに笑うあなたの下の名前が俺の声に気がつき振り向く。
晴天の海辺が、急速に進み暗闇へと変わる。振り向いた彼女に笑顔はなかった。
『あなたの下の名前?』
『ーー』
『え?』
『……もう友達には戻れないよ』
『……何で今言うん?』
『だって君から始めたんだから』
『そうやけど……ちゃうって」』
『あたしが終わらせなきゃ』
『ちゃうッ……嫌や!あなたの下の名前ッ!』
伸ばした手から逃げるように彼女が遠くなる。
何でなん?嫌や言うてるやん……離れんといてよ
『……バイバイ、あなたのあなただけの向井さんの愛称』
「どれやったかな?」
休日の午前中、久しぶりにカメラのデータ整理をした。あの夢を見た日から、仕事中も時折あなたの下の名前の事を思い出す。もうどのくらい前やろか……
「これや……懐かし」
写真の中の二人はどれも笑顔だった。懐かしさに自然と目尻が緩む。大好きなあなたの下の名前がそこにいる。俺が撮った写真の間に、時々紛れてるあなたの下の名前が撮った俺。
「俺、めっちゃデレててキモ(笑)」
カチカチとマウスを動かしていると1枚の写真に手が止まる。雨上がりの夕暮れ時、雲間からさす陽が街並みを染めている。そこに写るあなたの下の名前の後ろ姿。
「あなたの下の名前……」
友達の関係を壊したのは俺からやった。好きを自覚してからは、誰にも取られたくなかった。
芸能人と一般人。それでも彼女の傍にいたいと願った……
『あなたのあなただけの向井さんの愛称忘れっぽいから、絶対にあたしの事忘れるよ』
『アホ、忘れるわけ無いやろ。何言うてんねん』
『そうだと嬉しいな(笑)約束だからね』
『そもそも別れんよ。安心せぇ』
『……』
『大丈夫やって、あなたの下の名前はそのままでおってくれればええ』
『……あなたのあなただけの向井さんの愛称もだよ』
フォルダ内を1枚1枚確認する度、幾度となく蘇る記憶。忘れるわけ無いって約束したのに……
あなたの下の名前はきっと分かってたんやな。ごめんな、
「……ふぅ」
もう泣きはしない。これは覚えてるあなたの下の名前との約束。
ㅤ⠀ ーーいつか思い出しても絶対に泣かないでーー
最後に見せた彼女は、どんな顔をしていたか……
「ごめんな、最後に泣かせて……」
もう君にあげれるものは何も無い。
でもあなたの下の名前が笑顔で居てくれていればなんて、贅沢な願いだけさせてな。
もう恋人でも友達でも無い、大好きな人へ。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。