第18話

加古井家は奇天烈Lv.999①
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2024/03/17 06:24
 やや時期外れの台風によってもたらされた雨風は、一時間ほど前から急激にその勢いを強めた。
 どこからか飛んできて、ちょうど目の前に落ちてきたブルーシート。ちょうどいい大きさのそれにくるまって、なんとかしのげている。周辺には田んぼしか見当たらず雨宿りできそうなところもないので、こうして道路脇で丸くなっているしかない。
 流石に、ブルーシートをつかむ指先がかじかんできた。あまりの肌寒さに耐えきれずに、歯がカチカチと危険信号を鳴らす。まだ秋のはずなのに、私だけまるで真冬の中に放り出されたのだろうか。氷点下になることだけはないのが幸いだ。
 とは言っても、ずっと雨に当たっていた手は氷のように冷たくなっていた。温めようと思って体を動かした時、誤ってブルーシートから手が離れてしまった。
 あろうことか、ちょうどそこにひときわ強い風が吹く。背中の辺りで、突風の音とガサガサという激しい音が混ざって聞こえてくる。再び留めておくものを失ったブルーシートはあっけなく強風にさらわれ、私の体を離れていった。
 そして、そのまま、空中に舞い上がって……は、いかなかった。
 ブルーシートは、私のすぐ左横で、バサバサと激しくなびいている。
 どうやら、何かに引っかかっているみたいだ。でも……そのようなものはなかったはず。不思議に思い、視線をゆっくりと上に動かしていく。
 いっぱいまで顔を上げきったその時。向こう側からブルーシートが剥ぎ取られた。
 刹那。風が止む。



ひ、人……?
 目の前に現れたその“人”と、目が合ったような気がした。
あれっ、猫じゃなかった……
 怪訝そうに目を細めて私を見下ろしていたその男の人は、そうつぶやいた後に突然しゃがんで、私の顔をこれでもかというほどの近距離で覗いてくる。もちろん抵抗しかないので後ずさるが、そのたびに、私が動いたぶん……いや、それ以上に近づいてきたので、もう諦めることにした。
……立って
え……?
 いったい私の顔のどこをそんなに見ていたのか。ばっと顔を離したかと思うと、次はそんなことを言う。もちろん困惑する私だったが、「いいから早く」と急き立てるような口調で言われ、大人しく従う。同じく、その人も立ち上がった。
 高身長で、スタイルも良い。さっき(すごく近くで)拝見した顔もかっこよかった。文字通り、水も滴るいい男というわけだ。実際、結構モテモテだったりするのかな……? と、ちょっと余計なことを考えてみる。
うち、来な。雨は落ち着いてはきてるけど、こんなにずぶ濡れで帰れないでしょ
 すぐ近くに家があるから、お風呂や着替えを貸してくれるのだという。まあ、返答の隙すら与えられず、お邪魔させていただけることになったのだが。


さっきはごめんね。あんな距離でじろじろ見ちゃって。メガネ、ついさっき飛ばされて、無くしちゃってさ……。まともに見えないんだ
 男の人は、申し訳なさそうに頭をかく。
 なるほど……。それならば合点がいく。でも、人間と猫を間違えていた様子だったのは少々いただけない気もする……。まあ、事情を話して謝ってくれたから良しとしようか。
あ、そうだ。名前聞いてもいい?
リズミ
リズミ、です
へぇ、珍しい名前だね
 ⸺でも、すごく素敵な名前。
 私の右側を少し先に歩くその人は、ちらりとこちらを振り向いて微笑む。
リズミ
ありがとう、ございます
 “素敵”と言ってくれたことで、胸が温かくなったような気がした。それを伝えるように、私も笑顔と感謝の言葉を返す。
で……俺は、水紀みずき
 台風一過。「よろしく」という言葉とともに向けられた爽やかな笑顔が、雲間からさした眩しい日光とともにきらりと輝いた。

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