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第1話

黄色の天竺葵
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2026/02/15 07:00 更新
時折部屋の中から騒がしい話し声が漏れ聞こえてくる廊下を、数人の少女が走り回る。

その手には、手拭いがかけられた桶や、薬、体温計、ご飯がのったお盆などがある。





ここは、蝶屋敷と呼ばれる屋敷である。





蝶屋敷とは、政府非公認組織であり人を喰らう鬼を滅殺する鬼殺隊の病院のような屋敷だ。

ここには、つい先日、鬼殺隊最強の『柱』の称号をもらった花の呼吸の使い手である女隊士とその妹、そして彼女が引き取った子達が住んでいる。

花柱の少女の名は、胡蝶カナエ。

その妹は、胡蝶しのぶ。

更にその義理の妹が、栗花落カナヲ。

神崎アオイ、寺内きよ、高田なほ、中原すみ、という名の少女。

この7人が蝶屋敷に住まい、傷ついた隊士達の心身双方の怪我を癒し、機能回復訓練を行っている。

人よりも遥かに身体能力も治癒能力も高い鬼と生身で戦うため、怪我をする隊士達はとても多い。

そのため、彼女たちに休みはほとんどなく、代わる代わる休憩を取っているくらいだ。

更に、現役の鬼殺隊士として最前列で戦っている胡蝶姉妹はその時間さえ鍛錬につぎ込む。

しのぶの場合、頚を斬れない代わりに藤の花の毒を調合しているため、その研究にもつぎ込む。

この蝶屋敷の家主である胡蝶姉妹が休まないため、他の少女たちも必然的に休めない。

そんな彼女たちの努力で成っているのが、この蝶屋敷という鬼殺隊の病院なのだった。
ある日、蝶屋敷にある青年が運び込まれてきた。

陶器のような白い肌に黒髪長髪、そして何より目を引いたのは、その珍しい紺碧の瞳だった。

彼は、任務中に鬼が人質にとっていたある母子を庇い、その利き手に酷い傷を負ったのだった。

その鬼は無事に討伐したが、かなり深くまで傷つけられ、ほとんど力が入らない状態だ。

本人は任務遂行後に失血と過労、更に睡眠不足で倒れ、ここに運び込まれたのだった。

彼の名前は、冨岡義勇。

鬼殺隊最強の『柱』の称号をもらった水の呼吸の使い手であり、それなりに古参の隊士だった。

そのため、蝶屋敷側もそれなりの敬意を払わねばならず、彼の看病はカナエかしのぶが請け負った。

だが、、、
胡蝶しのぶ
信じらんない!!
義勇の診察を終え、カナエの元に戻ってきたしのぶは、眉を吊り上げて怒っていた。

患者たちの問診票を見ていたカナエが、どうかしたの、と顔を上げる。

しのぶはそんな呑気な姉を見て、不満をぶちまけるように怒涛の勢いで言葉を連ねた。
胡蝶しのぶ
姉さん、あの人本当に柱なの!?どうしてあんなにも自分のことに関心がないのよ!?いつもぼやーっとして、言われたことをちゃんとしてくれるのは良いけど、少し考えればわかるようなことまで説明しなくちゃいけないのは何!?水柱様、私より年上よね!?
ありえない、と吐き捨て、しのぶは椅子にドカッと座る。

かなり苛立ちを我慢していたようで、まだ肩が怒りでこわばっていた。

そんな妹を見て、カナエは苦く笑う。

そして、何があったのか話してごらんなさい、と優しく諭すように言った。

しのぶはその言葉を受けて、先程の検診の様子をポツポツと話した。

曰く、怪我の様子を見た時に袖を上げることなく腕を差し出したのだとか。

長袖の服を着ているのだから、袖くらい上げるだろうと思っていたしのぶはそれでまずカチン。

更に、きょとんとした顔でこちらを見てくるものだから、思わず怒鳴りたくなったのだとか。

腐っても上官だからと無理矢理笑顔を作って「袖上げてください」と言ったが、そんなこともわからないのかと内心苛立ちが募ったそうだ。

更に、しのぶの説明をいつもどこかぼやーっとした顔で心ここに在らず的な感じで聞いているらしい。

相槌も「そうか」「わかった」しかなく、本当に聞いているのかは怪しいところだ。
胡蝶カナエ
そうねぇ。冨岡くんはそういうところがあるし、しのぶとはあんまり相性が良くないのかもしれないわ。今後はできるだけ私が様子を見に行くようにするから、そのことをあんまり大きな声で言わないのよ?
胡蝶しのぶ
あの人のせいで姉さんが無駄に駆り出される必要はないわ!私がちゃんと行くから!
普段から多忙であまり休みを取れていない姉を気にして、しのぶはそう言う。

カナエは必死な様子で自分に休めと言ってくれる妹を愛おしげに見て、少し微笑んだ。

先程しのぶには「しのぶとは相性が悪い」と言ったばかりだけれど、ある意味で相性は抜群だとカナエは思っていたのだった。

しっかり者のしのぶ、ちゃんと見ていないとやや心配な天然ドジっ子の義勇。

もしかしたらもしかするかも、とカナエは心の中で淡い期待を膨らませていた。
黄色の天竺葵ゼラニウム 『予期せぬ出会い』

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