第230話

熱。
9,255
2023/03/02 12:00
先生が眉間を指でキュっと摘まみながら


「お前は残酷だね」


いつか聞いた台詞を呟く。


「......オレはお前と居たら自分を制御できなくなるって言ったの、覚えてる?」
「...はい...」
「そんな顔するんじゃねーよ、理性無くなんだよ」
「え...」
「今までの我慢が台無しになるだろうが」

いつもより乱暴な言葉遣いに、こんな時なのにドキっとして

一度ドキっとした胸は、どんどん早打ちになる。


「オレの気持ちも知らないで」


先生の目が、ジロリと私を見た。


「お前、ムカつく」


何か答える隙なんてくれない先生に手首を掴まれて、今来た道を逆戻り。

「先生...!」
「......」
「先生、ごめんなさい、あのっ...」
「......」

私を引っ張りながら早足で歩く先生の後姿に声をかけても、振り返ってくれないどころか返事すらしてくれない。


何が何だか分からなくて、涙も引いた。

先生の早足に小走りでついて行くので精一杯。


ほんの数分前に飛び出した部屋のドアを先生が開けて、強めに背中を押され玄関に入ると

後ろ手に鍵を締めた先生が、私の鞄を奪うように取りあげて床にボスンと置いたと思ったら


私の頭の上で両手首を先生の手でまとめられ、ジッと見詰められた。


...まただ...またこの表情...

辛そうなのに、悲しそうでは無くて


だけど、その中に全然知らない色を感じる。


ジリ...とにじり寄られて少しづつ後退すると、私の背中は玄関の壁にトンとぶつかった。


「逃げんなよ...」


私の肩におでこを乗せて、先生が小さな声で話す。

「...逃げたんじゃないです...」
「あんなの追い掛けるしかねぇじゃん...」
「...面倒臭い、ですよね...」
「面倒臭いわ、追いかけっこなんて。嫌いだわ」

顔を上げない先生の柔らかい髪を見る。
押さえられてる手首が、少し痛い。


「...駆け引きなんか、あなたには出来ないの分かってんのにな」
「...先生...」
「いっつも真っ直ぐ過ぎて、相変わらず真っ白で...もう、オレ...」
「......」

やっと顔を上げた先生の鼻と、私の鼻の先が触れた。



「限界なんて、とっくに超えてんだよ...」



ハァ...と息を吐いた先生の消えそうな声。


「でも汚したくなくて、...オレはね、簡単にお前を汚せるから」
「......」
「綺麗に大人にしてやりたいって、ずっと考えてたんだ...なのに...」


先生が、私の唇を甘く噛んだ。

痛くは無いのに、ジンと痺れる。


「お前は、残酷だね」


唇に、先生の熱を感じた。

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