夜明け前の空は、静かに白み始めていた。
二人は、郊外の無人駅にたどり着いていた。
始発まであと十五分。ホームには誰もいない。
カバン一つに詰めた日用品と、少しの食料。それが全てだった。
梨玖の声は、ほんの少し震えていた。
それでも、その手はしっかりと悠斗の袖を握っている。
悠斗は優しく答えた。
梨玖が頷いた時、遠くから電車の音が聞こえてきた。
それは、終わりと始まりを告げる音だった。
列車の中は、ほとんど乗客がいなかった。
二人は一番後ろの車両に腰を下ろし、窓の外に流れる景色を見つめた。
そう言って笑う悠斗に、梨玖もつられて笑った。
ほんの一瞬でも、笑える時間があることが救いだった。
やがて列車が峠を越え、山間の景色が広がっていく。
静かで、どこまでも続くような緑の中。
悠斗はポケットから、小さな折りたたみ地図を取り出した。
印をつけた候補地が三つ。どこも山の中、電波も届かないような場所ばかりだ。
列車は小さなトンネルに入り、一瞬、世界が闇に包まれる。
けれどその手の温もりだけは、確かに隣にあった。
行く先は未定だ。
明日、捕まるかもしれない。
何年も逃げ続けることになるかもしれない。
それでも構わなかった。
それは約束だった。
誰にも聞こえない場所で交わした、世界でたった二人の誓い。
やがて列車は、誰も知らない無人駅に静かに止まる。
二人は、手をつないだまま降りた。
澄んだ朝の空気が、体にしみ込む。
新しい一日が始まる。
正しさも、常識も、法律も、全部ない場所で。
でも、ここが――
二人だけの「正しさ」が、生きていける場所。
もう迷わない。
たとえこの世界が間違っていても。
いや、間違っているからこそ。
二人は、生きていく。
静かに、強く、そして――一緒に。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!