それは、ほんの些細なことだった。
いつも通り学校から帰ってきた悠斗は、玄関のドアに小さな違和感を覚えた。
鍵の差し込み口に、わずかに引っかいたような跡。
でも、胸の奥に広がるざらついた感覚は、ずっと消えなかった。
リビングで、梨玖が元気に迎えてくれる。
けれど、その背後には違和感がもうひとつ。
カーテンが、ずれている。外から覗かれたような形で。
悠斗は無言で窓を閉め、鍵をかけた。
その答えに嘘はないように思えた。けれど、悠斗の心は不安でいっぱいだった。
隠れていたつもりでも、学校での言動、日常の立ち振る舞い、なにかが漏れたのかもしれない。
世の中は、人外に対して過剰に敏感だ。もし梨玖の存在がバレたら――
我に返ると、梨玖が心配そうにこちらを見上げていた。
笑顔を返してくれる梨玖に、悠斗は胸が痛くなった。
その夜――。
パトカーのサイレンが、アパートの外を通り過ぎていった。
窓の外を覗くと、2軒隣の建物の前に、警官と私服姿の男たちが立っていた。
人外の捜索。対象は不明。
けれど、悠斗は理解していた。
翌朝、悠斗は学校を休むと決めた。
そして、少し震える手で梨玖に言った。
梨玖は、怖がるでも泣くでもなく、静かに頷いた。
それは、8歳の子どもにはあまりに重い決意だった。
でも、梨玖の目には、迷いはなかった。
夜。バッグに最低限の荷物を詰め、二人はアパートを出た。
人通りのない道を、裏道を、駅の反対側へと歩く。
街灯の下、梨玖がぽつりと呟いた。
手をつないで歩くその先には、まだなにも決まっていない未来がある。
でも、それでもいい。
なぜなら、この逃避行は――二人で選んだ、二人だけの正しさだから。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。