そう言うと彩花は大きな水たまりを覗き込んだ。
正直天気なんでどうだっていいから適当な反応をすると、反応が冷たい、とふくれ面をされた。
そういうところが、愛くるしてたまらない。
2、3歩先回りをして振り返った彩花の髪がふわりと揺れた。
真っ直ぐ俺を見つめる視線のせいで返答に詰まってしまい、慌てて目を逸らした。
あっそ、と彼女は背を向けてしまった。
中学のときよりも短くなったスカート、ポニーテールをほどいた髪、そして、ブラウスにうっすらとキャミソールの線が透けているのが見えて、自分の顔が赤くなっていくのがはっきりと分かった。
彩花はあれだけ痛いと言っていたローファーの足で走り出した。
俺のことなんてお構いなしにスカートをひるがえして行った。
こんなの、中学からよくあることだった。
でも、彩花の走る背中を見るたび、
何度も何度も苦しくて悔しくなった。
余裕があるのを見せつけために…
わざとゆっくり歩いた。
わざと気だるげに話しかけた。
ですよね、先輩、と彩花は兄貴を見上げた。
そう言うと兄貴はほわほわと笑った。
そういうところがむかつくんだ。
いかにもお人好しみたいな、誰にでも好意を振りまくような態度が嫌いなんだ。
俺の言葉に、彩花はすっかり黙ってしまった。
言いすぎたかもしれない。
早くフォローを入れないと嫌われる。
でもなんと言えばいいかなんて分からない…
はじめの言葉は彩花に優しく、
続く言葉は俺にだけ聞こえるように
少し冷たく言われた。
桐子、と呼ばれたその女の人は
どうやら3年らしかった。
彩花は言いかけた言葉を飲み込んで、少し俯いてしまった。
大人しそうなその人は俺たちの方をゆっくりと見た。
彩花は小さくお辞儀をした。
どうやら緊張しているらしい。
それと、あと、これは俺の勘だけど、
勘であって欲しいことだけど、
彩花はその先輩にヤキモチを
やいているように見えた。
よろしくね、と笑顔を向けた。
兄貴は困ったように俺を見た。
だから俺は、わざわざ気の利いた演技をきかせて兄貴を助けてやることにした。
彩花の手を取って急いで信号を渡った。
後ろで不機嫌な顔をしているだろうこともわかってた。
でも、それでも…
走りながら兄貴の声が聞こえた。
それから、冴山先輩の笑い声も。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。