空はどこまでも高く、雲一つない青だった。
数年前、あのマンションのベランダで始まった恋は、満開の桜に祝福されるなか、人生で最も美しい一日を迎えた。
教会の扉が開いた瞬間、パイプオルガンの重厚な調べと共に、春の柔らかな光がドレスを白く染め上げる。隣を歩く父の腕は少しだけ震えていて、その緊張が私にも伝わってきた。
バージンロードの先、祭壇の前には、白いタキシードを纏った雲雀くんが立っていた。
いつもステージに立つ時の彼とは違う、どこか凛とした、けれど今にも泣き出しそうな顔。
彼は私が一歩ずつ近づくのを、瞬きさえ惜しむように真っ直ぐに見つめていた。
祭壇の前まで辿り着くと、父が足を止めた。
父は私の手を一度だけ強く握り、それをゆっくりと雲雀くんの手へと重ねる。
短く、けれど祈るような重みのある一言。
雲雀くんは背筋を正し、父の目を真っ直ぐに見返して深く頷いた。
その力強い返信に、父は一瞬だけ目元を緩め、私の肩を優しく叩いてから席へと戻っていった。
父の手の熱さが、雲雀くんの手を通じて私の心まで溶かしていくようだった。
披露宴は、二人の希望で親しい人たちだけを招いた穏やかなものだった。
高砂に座る私たちの元へ、ロレさん、イブさん、不破さんの3人がグラスを手に歩み寄ってくる。
イブラヒムさんが少し照れくさそうに笑いながら、雲雀くんの肩を叩く。
不破さんもローレンさんも、穏やかな表情でこれまでの月日を懐かしむように目を細めた。
雲雀くんがそう答えると、ロレさんは「……おー、それは重いわ」と茶化しながらも、嬉しそうにグラスを合わせた。
特別な余興も、派手な演出も用意しなかった。
ただ、大切な人たちの笑い声が心地よく響き、美味しい料理と穏やかな時間が流れていく。
親族席では、退院してこの日を迎えられた母の元気な姿を、父が隣で支えている。その光景を見ることができたのも、あの日、雲雀くんが迷わずに私を実家へ送り出してくれたからだ。
中盤、お色直しのために中座する際、雲雀くんがそっと私の手を取った。
会場を少し離れた廊下、窓からは出会ったあの日と同じ春の風が吹き込んでいた。
彼はふと足を止めて、私の左手薬指のリングを愛おしそうになぞった。その瞳には、プロポーズをしてくれたあの日と同じ、真っ直ぐな誠実さが宿っていた。
場所も、苗字も、これから歩む景色も変わっていく。
けれど、隣にいる彼の存在が、私の心の止まり木であることに変わりはなかった。
彼は耳元で、私だけに届く小さな声で囁いた。
誰のためでもない、私だけのために向けられた、彼の一番優しい声。
拍手の渦へと戻るなか、私たちは視線を交わし、どちらからともなく笑みをこぼした。
偶然隣り合わせただけの二人。
ベランダから始まった恋は、今、家族や友人の温かな愛という光を浴びて、永遠の約束へと変わった。
取り繕うことのない、ただの「隣人」だった頃から見せていた素顔。そのすべてが重なり、混ざり合って、ようやく見つけた私たちの色。
それは、世界中の誰にも真似できない、不器用で、けれど眩しいほど純粋な、唯一無二となった。
私たちの物語は、ここからまた新しい日常という、鮮やかな色を刻み始めるのだ。
春の風に乗せて、どこまでも高く、穏やかに。
ー 𝑒𝑛𝑑 ー













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。