第53話

♡.53
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2026/02/18 23:00 更新
引っ越し当日。

業者のトラックが行き去り、段ボールの山に囲まれた新居のリビング。
前のマンションより一回り広くなったバルコニーからは、今までとは違う角度の夕焼けが見えていた。


wtri
…ふぅ、お疲れ。とりあえず寝る場所だけは確保したよ

雲雀くんが額の汗を拭いながら、私の隣にどさりと座り込んだ。
まだカーテンも付いていない窓から差し込む夕日が、彼の横顔をオレンジ色に染めている。
あなた
お疲れ様、雲雀くん。
本当に、引っ越したんだね。まだ実感湧かないかも
wtri
おう。もうベランダ越しに手を伸ばす必要もない。……ほら

彼はポケットから、新しく買ったばかりのお揃いのキーケースを取り出した。
中には、この家の鍵が一本ずつ。
二人の手が重なり、鍵が触れ合ってチリンと小さな音を立てる。

wtri
あのさ。この家探ししてる時、イブさんに言われたんだよね
あなた
イブラヒムさんに? なんて?
wtri
『お前、今度は逃げんなよ』って。
wtri
前のマンションでベランダ越しにグダグダしてた俺を見てたからさ。もう、あなたを不安にさせるようなことはしない。ここを、世界で一番安心できる場所にしよう

雲雀くんの言葉は、以前よりもずっと落ち着いていて、深い愛に満ちていた。

かつて失恋で傷つき、ベランダで背中を丸めていた彼はもういない。私の愛が、そして彼が私を愛する気持ちが、彼をこんなにも強く、優しく変えたのだ。
wtri
……あ、そうだ。わっちさんからLINE来てた。『今夜、突撃していい?』って
あなた
えっ、今日!? まだ段ボールだらけなのに!
wtri
あはは、だよね。速攻で『今日は絶対無理です、二人で過ごしたいので』って断っといたわ。
wtri
……ロレさんからも『お前あなたさんに甘えすぎて腰痛めないようにしろよ』って余計なお世話なスタンプ来たし

先輩たちの賑やかなエールを笑い飛ばしながら、私たちは寄り添った。
まだ何も揃っていない、けれど希望だけが詰まった新しい部屋。
wtri
改めて、これからよろしくね。
……大好きだよ
あなた
私もだよ。よろしくね、雲雀くん

段ボールに囲まれた中で交わした、新居での最初のキスは、少しだけ埃っぽくて、でも最高に幸せな味がした。


これからこの場所で、どんな喧嘩をして、どんな風に笑い合い、そして「家族」になっていくのか。

私たちの本当の物語は、この真っ新な床の上から、今始まったばかりだ。

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