引っ越しから数週間。真新しい床の匂いも少しずつ馴染み、生活の動線が整い始めた頃、約束通り「2時だとか」の面々が新居に姿を現した。
玄関のチャイムが鳴ると、それまでの穏やかな日常が塗り替えられるような、独特の活気が部屋に流れ込んでくる。
ローレンさんはリビングに入るなり、腰に手を当てて部屋を見渡した。かつてのマンションのベランダからは見えなかった、広く開けた夜景。
その視線は、雲雀くんが過去の痛みを越えて、ようやく手にした「安らぎの拠点」を値踏みするように、けれど温かく検分しているかのようだった。
独り言のようなその言葉に、雲雀くんが安堵したように眉を下げる。
不破さんがお祝いに持ってきた間接照明が、部屋の隅で柔らかな琥珀色の光を放ち始める。彼は私に「雲雀、わがまま言うてへん?」と茶目っ気たっぷりに微笑みかけながらも、時折、雲雀くんの顔を覗き込むように見ていた。
酒が進むにつれ、イブさんの言葉も少しずつ熱を帯びていく。彼はグラスを傾けながら、かつてベランダで背中を丸めていた雲雀くんの姿を思い出しているようだった。
テーブルの下で、雲雀くんがそっと私の手を握りしめた。少しだけ指先が震えているのは、自らの選択に対する責任の重さを噛み締めているからだろう。
リビングは一気に賑やか……というより、嵐のような騒がしさに包まれた。大好きな雲雀くんと、雲雀くんの事を大切に思っている人と囲む食卓は、賑やかな中にもどこか暖かさが混ざっていて、それだけで私の心の中はとても穏やかな気持ちでいっぱいだった。
夜が更け、ローレンさんが静かに口を開いた時、部屋の空気が一段と引き締まった。
彼は雲雀くんを真っ直ぐに見据え、一言一言を置くように語りかけた。
ローレンさんの言葉には、いつもの軽快な茶化しは微塵もなかった。
その言葉は、あの日水漏れに戸惑う私を「俺の部屋に来なよ」と救い上げた、雲雀くんのあの日の勇気への問いかけでもあった。
雲雀くんは、隣に座る私の手を、テーブルの下で力強く握りしめた。
その掌の温かさと、僅かな震えが、彼の覚悟の深さを物語っていた。彼の誓いは、もはや若さゆえの熱情ではなく、人生を共にする男としての確かな覚悟へと昇華されていた。
不破さんがパンと手を叩き、明るい声でグラスを掲げる。
先輩たちはその後、昔の失敗談を笑い話に昇華させながら賑やかに夜を過ごし、「次はもっと良い酒持ってくるわ」と、嵐のように去っていった。
静まり返ったリビング。不破さんがくれた照明の柔らかな光が、二人の新居を優しく照らしている。
雲雀くんが、私の肩に顔を寄せて甘えるように呟く。
夜の静寂の中、重なり合う体温。
ベランダ越しに手を伸ばしていたあの頃の私たちはもういない。
一つのドアの中で、同じ未来を見据えて歩き出した二人の夜は、どこまでも深く、温かに更けていった。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。