私のぎこちない返事に、今度は彼が興味の無さそうな返しをする。
『スン…』
その瞬間、表情が無の表情へと一変したのが分かった。
(あ、表情がいつも通りになった。)
『ジトーーー…』
そして今度は眠そうな両目を幾度も瞬きさせながら、
何故か私の顔をじっと観察し始める。
私の言葉に対しては反応すらなく、まるで彼の耳に届いているのかさえ分からなかった。
いつにも増して、
万次郎の考えていることが、
(読めなさすぎる…!!!)
独特な圧を含んだ雰囲気で距離を詰め続ける万次郎に、
振り返って彼を真正面から向かえてしまった私は静かに後ずさる。
『トンッ、』
私の背中が洗面台の縁にぶつかったと同時に、万次郎の両腕が私の腹部を挟む様に差し込まれる。
『トンッッ、!』
白い洗面台の縁に両手を付いた万次郎は、下から私を凄む。
突然、グッと顔を近づけて来た万次郎に、
私は為す術なく、見つめられるまま。
彼の視線から逃れる事は出来なかった。
ジトリとした視線が私の肌を突き刺して、みるみるうちに身体は硬直し始めた。
同じ家、同じ洗剤、
同じシャンプー、
同じボディソープ。
違うのは毎朝出掛ける前に付ける、
______香水ぐらい。
使っているものは殆ど変わらないのに。
まだ私も彼も、香水なんてつけてないのに。
どうしてこんなにも、
万次郎の匂いがするんだろう。
『フイッ』
私の鼻頭を擽る彼の匂いに耐えきれなくなって顔を背けたが、
万次郎は表情一つ変えずに私を見続ける。
彼の肩口に手を当てて、そっと後ろへと押した。
暫くは下を向いて、彼の裸足を見ていたが、
急に静かになった彼が少し心配になって、おずおずと顔を上げる。
見上げた先に居た彼は少しを膨れて、むすっとしていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!