加賀実さんが指を指した方向へ、視線を向けた瞬間──
言葉にならない気配が、空気を歪ませた。
それは、異様な姿をしていた。
頭部は巨大な花の形をしており、花弁の中心には裂けた口がある。白く並んだ歯が、不気味に覗いていた。
両腕の先には、人間とよく似た形の手。
まるで何かを差し出すように、手のひらをこちらへ向けている。
そして──
半透明の腹部。その内部に、人影が見えた。
息を呑む私の横で、七海くんが目を細める。
その瞬間だった。
呪霊のお腹の中。
袋状になった内部で、人間の''手''が、ぴくりと動いた。
七海くんが、呪具に手を伸ばした──その時。
鋭い声が背後から聞こえる。
七海くんの声が聞こえたと同時に、
私の首元に突きつけられた、一本のナイフ。
息が止まる。
刃を握っていたのは、先ほどまで先導していた窓──加賀実さんだった。
頭のどこかが、冷静に状況を整理する。
相手は呪術師ではない。
体術だけでも、抑え込める可能性は高い。
けれど──
足元は不安定で、すぐ先は切り立った斜面だ。
もし力加減を誤れば、相手を崖の下へ落としてしまうかもしれない。
──だから、動けなかった。
不用意に踏み込むより、
この場を保つほうが、まだ安全だと判断したのだ。
七海くんが冷たい声で問いかける。
そう言うと、ナイフを私の喉元に当ててくる。
七海くんは舌打ちを打つと、地面に携帯を投げつける。
次の瞬間。
呪霊の身体から、触手のようなツタが伸びる。
──それは、私と七海くんへゆっくりと近づいてきた。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!