ある日ぽっちゃり猫を助けたら
よその世界の執事の主になった
これは 私と執事たちのお話
夕焼けから紺色に代わりかけている空に
鈍く輝く丸い月が昇り始める。
まるでゲームの魔王城みたいに不気味な監獄の入り口で
見張りの兵士にこんにちはーと声をかけた。
にこりと笑って鳩尾に拳のお届け物を渡す。
蹲るように崩れた兵士を支えて
あらま、と首を傾げた。
兵士さんって力持ちですもんね
小首をかしげて見上げれば
中年に差し掛かった兵士が少し目を泳がして
こほんと咳払いをしたあと
気絶している兵士の肩を担いだ。
あとは任せてくださいね、と
曲がり角で後ろから踵落としを頭にお届けし
ふたりまとめて物置らしき小部屋に放り込む。
外は厳重だけれど
中は兵士の足音が少ないみたいだ。
ハウレスのいたところもそうだけれど
監獄って外ばっか警戒していてアホだなと思う。
丸腰にしたら無力だとでも思っているのだろうか。
人間拳とヘアピンがあれば脱獄できるのに。
物置にあった白衣を着て進めば
すれ違う兵士がいても一瞬変な顔をされるだけで
特に何も言われず素通りされる。
研究者の顔も知らない兵士ばかりなんて
他人事ながらポンコツすぎて逆に心配になるわ。
いくつか階段を登ると、
急に薄暗くなった廊下の奥から
何かの物音と呻き声が聞こえた気がした。
鉄の扉を蹴り破り
足を上げたままにこりと笑う。
悪魔化が始まって目をギラつかせているラトと
宅配員の私を慌ただしく見回した数人の白衣が
うひぃあとか愉快な声でこちらに走ってきたので
あれあれ?と首を傾げて右手を振りかぶった。
悪い大人は後でナックによるお尻ペンペンの刑だな
ひとまず3発ずつ殴って放り投げて
黒いモヤに纏わりつかれているラトに
にこりと笑った。
じゃり、と散乱している
ガラスの破片を踏みつぶしてラトに近寄れば
ラトの周りのモヤがこどものような人型になって
キッと私を睨みつけてきた。
なんだかふたりだけで盛り上がって
よく分からん昼ドラみたいな台詞を言う悪魔に
最近常備している食塩をひとつかみ投げつける。
怯んで揺らいだモヤに人型が一瞬薄くなり
ついでに顔に塩がかかったラトが
ケホケホとむせた。
両手を伸ばして涙の跡が残るラトの頬を包む。
ひたりと焦点があった視線に
ゆっくり目を細めた。
殺気は一瞬
横からの気配にラトを突き飛ばして体を捻れば
背中に息が詰まるような衝撃が走った。
ぐいっと襟首を掴まれて足が浮く。
刀で斬られたから背中が熱いな、と
血が滴るフブキの刀を見ながら他人事のように思えば
視界の端で呆然としていたラトのモヤが一気に拡がった。
ダンッと獣みたいな速さで
ラトがフブキに飛びかかる。
その衝撃で手が離れて、
背中を庇うように着地をすれば
私が見えていないかのように
急にラトが笑い声をあげた。
あれ、
完全に悪魔化スイッチ入ったな
ドカン、パリンと
砂糖細工のように室内を破壊しながら
フブキをサンドバッグにしているラトは
いつかのハウレスのように周りが見えていない。
じっくり、との宣言通り
遊んでいるように急所を外すラトを止めようにも
もう少し待たないと背中が引き攣って難しい。
斬られて動き辛い白衣を脱ぎ捨てて
転がしてあった研究員から失敬して羽織れば
バタバタバタと走る音がして
黒い毛玉が弾丸のように頭に飛びついてきた。
部屋に駆け込んできたベリアン、ミヤジ、フルーレが
悪魔化しているラトにぎゅっと眉を寄せる。
そういう作戦だったと思うのだが
いざラトを目の前にすると
揺らいだミヤジとフルーレの気配に
一度深呼吸をした。
うん、さっきよりは動けそうだ。
ミヤジとフルーレの声に
ラトがフブキを空き缶みたいに投げ捨てて
ゆっくり振り返る。
返事をしたラトにミヤジたちが驚いてる間に
ラトは小首をかしげて呟き始めた。
ラトが無表情のまま短剣を投げる。
ミヤジがフルーレを押し倒し避けて、
ムーのほうに飛んできた短剣を
その辺に転がっていたバインダーではたき落とせば
ラトがおや、と首を傾げた。
ラトの湧き上がるモヤに
ムーとベリアンがサッと私の前に出て構える。
ラトを無力化するため、
悪魔の力を解放した3人がラトと対峙している端で
僅かに動いた影に気配を潜めて近づいた。
にこりと笑って顎下から殴り上げれば
ついてきていたムーがひぇっと声をあげた。
乙女の柔肌を傷つけたんだから
このぐらいひぇでも粟でもないわ。
みんなラトにかかりきりで
フブキの存在忘れてるしな?
今度こそお休みなさいをしたフブキを縛り上げ
パンパンと手をはたいて振り返れば
目の前にフルーレが飛んできて
反射的にキャッチする。
背中でむぎゅっとムーの声がしたけれど
ムーのおかげで背中の傷は保護されたので
執事として誇りに思ってほしい。
ベリアンも薙ぎ払われて
ムーと一緒にクッションになる。
だから昼ドラかっ
ベリアンとフルーレを横に置いて
応戦するガキンという音ではなく
カシャンと何かが落ちる音にパッと顔をあげた。
悲痛なフルーレの声の先には
目をギラつかせるラトを抱きしめるミヤジ。
ぎゅっとラトを抱きしめたミヤジが
はっ・・と息を吐いた。
ふらりと一歩ミヤジからラトが離れ
ふたりの間に空間ができる。
胸元に、不自然な柄がミヤジについていて
悪魔化していたミヤジの姿が
何もしていないのにもとに戻った。
後ずさるラトとミヤジの間に入って
ミヤジの体を支える。
ミヤジに刺さっている短剣が
心臓から逸れていることを確認して
短剣を抜こうと伸ばされたラトの手を掴んだ。
大丈夫だムー、
ちゃんと加減してビンタだ!
まだ喋ろうとするミヤジの顔面にぺちんと手を落として
とりあえず黙らせる。
話すのは体力を使うからお喋り禁止だ。
フルーレの視線を辿って
手を握っていたラトを見れば
確かに黒いモヤは消えている。
そんなことあるのか?と首を傾げれば
うっすら目を開いたミヤジがラトを見た。
お前たちは本当にネガキャンだな!!
勝手にお別れの言葉モードになってるミヤジに
よいしょーっと手刀を食らわして気絶させ
そのへんの布切れの上に寝かして
フルーレに押さえつけてもらう。
ルカスが来たらすぐに応急処置だと腕まくりすれば
ベリアンと共にルカスとユーハンが駆け込んできた。
ラトの手を離して素早くムーの口を塞ぐ。
ダメだぞムー、空気をよむんだ。
治療器具を入れた鞄を開いたルカスが
手際よく準備をしながら私に叫んだ。
ぱちんと音が弾けて
ルカスのそばに白いライオンが現れる。
ルカスとライオンがミヤジに寄り添うように
胸に顔をあててそっと目を閉じた。
・・・・いいな あれ
私もあのデカいもふもふに添い寝されたい
ぐ、とミヤジに突き刺さったままの短剣を握り
ルカスを見上げて目を合わせた。
きっとこのあと怒られるだろうけども
応急処置は迷ったらアウトだ。
ぐっと素早くミヤジに刺さった短剣を引き抜いて
そのまま自分の左手首を切る。
傷口に注ぐように手を患部に添えれば
ミヤジの腹部から流れる血と私の血がひとつに混ざり
赤黒いはずの血が綺麗な緋色に見えて不思議だった。
お前は自分を大事にしなさすぎる
今回のことに関して
邸に帰ったら説教だからな!
身悶えるミヤジの上に覆いかぶさって
血を塗るように手を滑らせ傷口を手探りで探す。
服が切れている部分の肌が
ミミズ腫れのように塞がり始めたのを確かめてから
脈打つ心臓の上から体を起こした。
慌ただしく処置に入った3人から離れて
ちょうどいいところに転がっていた椅子に腰掛ける。
簀巻きにされて転がっているのに
誰にも気付かれないなんて不憫なやつだ。
まぁ日頃の行い、自業自得だけど。
自分の上着を脱いで差し出したフルーレに
ありがたく受け取る。
べしょべしょになった白衣(もう白じゃなくて赤だけど)を
ぽいっと脱ぎ捨てれば、
真横にいたムーの毛がぼわっと逆立った。
急に変わったムーの声音に全身が粟立つ。
ムーの言葉と同時に
真っ黒いモヤに包まれたラトが
ばたんと倒れた。
(まって、なんで今絶望したの?)
主様、宅配員になるの回。
眼帯様がみんなに気付いてもらえるのは
もうちょい先です。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!