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第114話

三十八
828
2026/03/27 07:21 更新
私たちが乗っているのは、楓さんの運転する車だった。
 
 
助手席には私。
 
後ろにはロウ、ショウ、ライ、カゲツの四人。
 
少しぎゅうぎゅうだけど、なんとか収まっている。
 
緑仙さんの車には、マナたちが乗っている。
 
エンジンの音と、タイヤが濡れた道路をなぞる音。
 
それだけが車内に流れていた。
 
山道はくねくねと続いている。
 
木々が窓の外を流れていく。
 
濃い緑と灰色の空。
 
さっきまで降っていた雨は、

いつの間にか弱くなっていた。
 
やがて道は下り坂になり、長いトンネルに入る。
 
トンネルの中はオレンジ色の光。
 
規則的に並んだ照明が、車体にリズムを刻んでいく。
 
そして──
 
トンネルを抜けた。
 
視界が一気に開ける。
 
山を降り、町へ入ったみたい。
 
信号。
 
コンビニ。
 
歩道を歩く人。
 
久々に“他人”を見た。
 
思わず窓の外をじっと見てしまう。
 
普通の人たち。
 
普通に歩いて、普通に話している。
 
その光景が、どこか遠い世界のように感じた。
 
ふと、隣を見る。
 
ハンドルを握る楓さん。
 
真っ直ぐ前を見ている横顔は落ち着いていて、

どこか大人びて見えた。
 
そのとき──
 
楓さんが、ちらっとこちらを見た。
 
樋口楓
……まだ不安?
 
静かな声だった。

私はすぐに答えられなかった。
 
少しだけ考える。

不安じゃないと言えば嘘になる。
 
でも、それだけでもない。
 
いろんな感情が混ざっていて、

自分でもよく分からない。
 
それでも、小さく頷いた。
 
あなた
……はい
 
そう言うと、楓さんは少しだけ笑った。
 
樋口楓
だよね
 
そして、前を見たまま言う。
 
樋口楓
私も。
 
それっきり、会話は途切れた。
 
車内にまた静けさが戻る。
 
気まずいような、落ち着くような、不思議な空気。
 
私はバックミラーをちらっと見る。
 
後ろの四人。
 
ライは窓の外をぼんやり眺めていた。
 
表情はほとんど動かない。
 
ただ流れていく景色を見ている。
 
その隣では──
 
ロウが腕を組んで眠っている。
 
ショウも、頭を窓に寄せてぐっすりだ。
 
カゲツは少し体を丸めて、静かに寝息を立てている。
 
三人とも完全に寝ていた。
 
少し疲れが溜まっていたのかもしれない。
 
つい数時間前まで屋敷にいたとは思えないほど、

穏やかな顔だ。
 
私は小さく息を吐く。
 
車はまたトンネルに入った。

さっきよりも長い。
 
 
暗い空間がずっと続く。
 
 
 
トンネルを抜けると、町はもう見えなくなっていた。

道路はまっすぐ伸びている。
 
高速道路だ。

車の流れも速い。

両側には同じような景色が続いている。
 
防音壁。
 
遠くの山。
 
灰色の空。
 
変わり映えのない景色。
 
しばらく見ているうちに、少し飽きてきた。
 
窓に額を軽く預ける。

 


車の振動が、微かに伝わってくる。
 
時間の感覚がぼんやりしていく。
 
空を見ると、さっきより少し色が変わっていた。
 
雲の隙間に、淡い光が混ざっている。
 
そろそろ日が傾き始める頃だ。
 
長い移動。




そして──

 


まだ見えない、これからの場所。
 
この道の先にあるものを想像しながら、

私は静かに窓の外を見続けていた。

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