サーカスの朝は、いつも突然始まる
音楽が鳴る前触れもなく、気づけば舞台の幕が上がり、誰かが「今日の役」を与えられている
その日、レナードは妙な胸騒ぎを覚えて、目を覚ました
ドーラが、テントの入口に立っていた
二人とも、昨日のことを口には出さない
言葉にした瞬間、この世界に奪われてしまいそうだったから
二人は、無言で並んで歩き出す
やがて、普段使われない裏通路の方から、荒い声が聞こえてきた
大声と共に、何かが壁に叩きつけられるような音が聞こえた
レナードは、思わず足を止めた
二人は音のする方向へ向かった
そこは、舞台裏のさらに奥、照明も届かない倉庫のような場所だった
その場所には、クラウンの青年、リュウが立っていた
拳を握りしめ、壁に向かって息を荒くしている
前にはルアンが立っていた
いつもの軽薄な笑顔はなく、唇を噛みしめている
レナードは、二人の間に漂う「慣れ」を感じ取った
何度も、こういうやり取りをした
何度も、同じ結論に戻ってきた
その言葉に、ドーラの肩がわずかに揺れた
「慣れている」、それは、痛みに価値を与えるための言い訳だ
二人が、一斉にこちらを見る
ルアンの赤い瞳が、一瞬だけ鋭くなった
ルアンは鼻で笑った
その瞬間、「ゴウン」という低い音が鳴り響いた
サーカス全体が揺れ、空気が「舞台用」に切り替わる
照明が灯り、即席の舞台が形を成す
床に、白い線が引かれていく
そこに観客席はないが、「見られている」気配だけははっきり存在していた
プレセアの声が、空間そのものから響く
ルアンが低く、舌を鳴らす
リュウは無意識に、一歩下がる
レナードは、思わず叫んだ
昨夜見た、あの「心臓部」の光景が、脳裏をよぎる
これは、ただの演目じゃない
二人の過去を、そのまま再生する舞台だ
一瞬、リュウの動きが止まった
だが、すぐに彼はレナードに対して背を向けた
その言葉に、レナードは言い返せなかった
なぜなら、間違っていないからだ
サーカスが、二人の沈黙を待っている
レナードは、はっきりと感じていた
この章は、「誰が肩代わりするか」という話じゃない
「痛みを引き受けることは、本当に守ることなのか」
その問いを、この世界は突きつけている
舞台の中央で、リュウがゆっくり振り返る
その目には、迷いと、長年握り潰してきた恐怖が、確かに浮かんでいた
約束とは、一体何か
その答えが今、試されようとしていた












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。