「もう、出てくのか。」
その声の主は、ドアの開いた、
出ていく支度をする私の部屋の前に居た。
私は、ピタリと手を止め其方を向く。
『当たり前、離婚する夫と一夜過ごして何になるの』
「でも、どこに泊まる気だ…」
「…それは〝元妻〟だからとか、そういうのじゃなくて。」
「純粋に実加が心配なんだ。」
『………まだ終電まで時間ある』
『それに、ここから実家は三駅』
『ホテルもまだ空いてる。もう分かるでしょ?』
『いいの、余計な心配とか。』
「………そう、か。」
────また、その顔。
『私は、凄くショックだった』
「…!」
『今まで、嘘つかず真面目で、優しい克久に、』
『初めて、嘘をつかれた。』
『しかも、他の女と付き合ってたんだよ?』
皮肉のように、笑う。
心の底から、ただ〝辛い〟〝裏切られた〟
その感情が沸き出てくる。
「本当に、何を言って良いのか分からない。」
「ただ、俺には謝ることしか、出来ない。」
『でもいらない、謝罪なんか。求めてない。』
『無言で、いいの。』
「それじゃ、俺が嫌だ。」
『…は?』
「言い方は悪いけど、これでも好きだったんだ。」
なんで、過去形。
いや、まぁそうだよ、ね。
「だから、気にかけない訳にはいかないんだ。」
「だから出来ることは、する。」
よくその口から出てくるものだ。
本心かも分からない言葉がスラスラと。
信じない、いや、信じられない。
「……勝手にすれば?何ももう聞き入れない」
真っ直ぐに私を見る彼を、
私は自分から冷たくあしらった。
申し訳ないと、思わない訳じゃ、ない。
ただここで謝ったら、きっと、
プライドの高い私が負ける気がした。
子供みたいで、恥ずかしい。
そんな気持ちも全部、バッグにつめる。
これを開ける時が来るというのに。
でも、せめて今は、しまっておきたい。
『じゃあね、もう、二度と会わないと思う。』
「……金は、出すから。」
「体調とかに、気を付けてな。」
あぁ、もうほんとにコイツは。
『子供、』
「え?」
『生めなかった』
ずっと、気にしていたことだった。
でも、
あぁなんだそんなことかとでも言いそうな顔で、
「…気にしてないよ。」
彼は、そう優しく笑った。
そんな顔しないで、向けないで。
この足を、止めたくない。
でも行かなくては、ならないから。
『さようなら、』
「…じゃあな。」
私は、驚くほどの重い足を出口に向けて、
家を、出た。
──────きっと、もう会うことは無い。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。