第26話

〜聖夜ボランティア〜
10
2024/04/14 11:00
葉琉花は頭が真っ白になった。
すぐ近くで、人の声が聞こえる。それが葉琉花をさらに焦らせる。
鍵山(警察官)
上手くやったと思うか?
この声は、あの公園で聞いたものだ。低くて安定感のある、でも少し冷たい声。
海原(警察官)
分かりません。ですが、成功したとは思います
この声も、聞き覚えがあった。生真面目そうで、少し硬い。

辺りを見回すも、何もない。まばらに木が植えられているだけ。
鍵山(警察官)
そうだといいが………
立ち尽くす葉琉花の前に、あの警察官が姿を現した。
そしてはっきりと、目が合う。
葉琉花
………
葉琉花は思わず後ずさった。
若い方の警察官が、ここに人がいることに驚いたような声で言う。
海原(警察官)
……ええと、どうされました?
葉琉花
…いやっ、えっと……その
しどろもどろになる葉琉花を見て、威厳のある警察官が声を上げた。
鍵山(警察官)
あなたは、魔族と一緒にいた…
葉琉花
え…
_____なんで分かんの…?

動きが止まったのを見て確信したのか、警察官は息を吐く。
鍵山(警察官)
申し訳ありませんが、今は面会など出来ません
葉琉花
…あの、そうではなく
もう、これは仕方がない。
葉琉花は深呼吸をすると、しっかりと警察官と目を合わせた。
葉琉花
……魔族の事で、意見があります
塔山(警察官)
あの2人が戻るまで、少し質問をしても?
そのころ、3人は椅子に座っていた。
塔山はノゾムの魔法を受ける前から変わらない、気だるそうな態度で尋ねた。
白萠はノゾムに視線を向ける。ノゾムは頷いた。
ノゾム
……どうぞ
塔山が紙とペンを自分の手元に引き寄せる。
しかし何を思ったか、またもとの位置に戻した。
塔山(警察官)
個人的に、気になっていたもので
視線に気づいたのか、塔山は「個人的に」の部分を強調して言う。
塔山(警察官)
“聖夜ボランティア”だっけ?
なんでそんなものを開いてたんだよ
白萠にとって、それは訊かれるだろうと予想していたものだった。
ノゾム
……それは、ただの思いつきです
ノゾムが代表してそう答える。もともとそれを提案したのはノゾムだから、白萠も先輩も何も言わなかった。
塔山(警察官)
思いつきで、こんな町に店を出したと?
ノゾム
ええ。人と関わりたいと思ったもので
塔山は、思わずというように吹き出した。
塔山(警察官)
こんなに人と話すのが嫌そうなのに?
そうなるよな、と白萠は心の中で苦笑する。
ノゾムから「人と関わりたい」という言葉を聞くなど、この世がテクノロジー中心になるくらいあり得ないことだから。
するとノゾムは、こんなことを言ってのけた。
ノゾム
そんなことはありませんよ
これには白萠も、思わずノゾムを見るほど驚いた。
ノゾムは微笑んでいた。驚くほど自然に、優しく。
しかし長年一緒にいる白萠から見ると、その笑みはうすら寒く感じるほどに不気味なものだ。
さすがの塔山も、言うべき言葉が思いつかないとでもいうように黙っていた。
ノゾム
私は、ある程度は人の気持ちなどが分かります
ノゾムは笑みを浮かべたまま、続ける。
白萠と先輩は、視線を合わせて肩をすくめた。
ノゾム
あなたの、この後の行動を予想してみましょう
ノゾムがそう言った時、塔山は何事にも無関心そうな表情を取り戻した。
塔山(警察官)
…そんなこともできるのか
平静を装うような静かな声だ。
ノゾムは微笑んだまま、「はい」と頷く。
それから、ふと首を傾げた。
ノゾム
…あなたは、私たちを助けてくれるのですか?
…え?
先輩が思わず、というように声を上げる。
白萠も顔を上げ、塔山を見た。
塔山(警察官)
…は? 何言ってんだ
塔山は、思い切り顔をしかめていた。

ノゾムの方も、幾分いくぶんか困惑しているようだった。浮かべている笑みがぎこちない。
ノゾム
それは私にも分かりかねます
…そしてこの場に、沈黙が落ちた。

プリ小説オーディオドラマ