葉琉花たちは、警察署の近くまで来ていた。
息を整えながら、目的の四角い建物を仰ぎ見る。
以前聞いたことがあるが、この警察署は意外に歴史があるようだ。
かなり古い建築様式だが、建て直す予定はないらしい。
この形が気に入っているのだろうか。
若い世代の葉琉花にしてみれば、どことなく寂れた、廃墟のような雰囲気を感じてしまうので、あまり近寄りたくはない。
だが、長い間一緒にいた知り合いのためとなると話は別だ。
葉琉花は、だいぶ呼吸が落ち着いてきた奈菜を見て、心配そうに声をかけた。
だってほら___と空を指差す。
走っていた時に、あれこれ考えていたのだ。
奈菜は「一緒に警察署へ行く」と言っていたが、警察署に着いてからが本番なのだから、きっと時間がかかる。その間、奈菜を待たせるのはおかしくないか。
奈菜はその指につられるように上を見上げた。
そしてまた葉琉花に視線をうつす。
葉琉花は、『もう』眠くはない、という言葉に少し疑問をもった。
でも、それよりも後半の方が気になった。
そう言うと、奈菜は不思議そうに首を傾げる。
奈菜が反論した。瞳は少し揺れているが、切実に想いを伝えてきていることが分かった。
葉琉花は首を振って、「それに」と続ける。
少しふざけたつもりだった。
この後に、「ほら、私はまだふざけられるくらいに余裕があるから、1人でも行けるよ」と言おうとしていた。
でも、そう言わなくても奈菜は納得したらしい。
まだ迷っているような素振りをしながらも、葉琉花の目をじっと見つめ、ゆっくりと頷く。
口角を上げ、少し寂しそうに笑った。
葉琉花は出来るだけ優しく笑って手を振る。
手を振りかえして、奈菜は消えた。
…文字通り消えたのだ。何の前触れもなく。まるで、「奈菜」という存在は元からなかった、ただの夢だった、とでもいうような、自然な消え方だった。
こんな感じなんだ、と葉琉花はなんだか納得する。
不可思議なことが起きすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれなかった。
警察署に近づいていくと、その古さがより分かる。
コンクリートや木でつくられているのだろうか。その壁は、冷たさを感じさせる白色に塗られている。
時代に乗り遅れたような古さ。
早歩きをしながらそんなことを思った時、葉琉花はふと“聖夜ボランティア”の建物を思い出した。
____そういえばあの建物も、意外と古い建築様式でつくられてたよね。
最も、あの建物とこの警察署は明らかに違うけれど。
警察署はおどろおどろしい雰囲気だが、“聖夜ボランティア”の建物は真逆だ。
木の良い香りに包まれた時に感じた、落ち着けるような、安心するような暖かさが、あの建物にはあった。と思う。
と、その時。
葉琉花は立ち止まった。
ぱっと、後ろを振り返る。
葉琉花が歩いてきた道の方から、こつん、こつんと足音が聞こえたのだ。1人ではないが、大人数でもない。2人かそこら。
葉琉花は辺りを見回す。とっさに、どこかに隠れようと思った。しかし隠れられるような場所はない。
この道の先には、警察署くらいしかない。
それにもしも、歩いてくるのが先ほどの警察官だったら…。
焦る葉琉花をよそに、足音はどんどん近づいてくる。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。