第25話

〜聖夜ボランティア〜
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2024/04/05 15:00
葉琉花たちは、警察署の近くまで来ていた。
葉琉花
……はぁっ、ついたぁ…
息を整えながら、目的の四角い建物を仰ぎ見る。

以前聞いたことがあるが、この警察署は意外に歴史があるようだ。
かなり古い建築様式だが、建て直す予定はないらしい。
この形が気に入っているのだろうか。

若い世代の葉琉花にしてみれば、どことなく寂れた、廃墟のような雰囲気を感じてしまうので、あまり近寄りたくはない。
だが、長い間一緒にいた知り合いのためとなると話は別だ。
葉琉花は、だいぶ呼吸が落ち着いてきた奈菜を見て、心配そうに声をかけた。
葉琉花
奈菜ちゃん、ほんとに大丈夫なの?
奈菜
…大丈夫って、何が?
だってほら___と空を指差す。
葉琉花
もうこんなに暗いよ?
眠かったんじゃないの?
走っていた時に、あれこれ考えていたのだ。
奈菜は「一緒に警察署へ行く」と言っていたが、警察署に着いてからが本番なのだから、きっと時間がかかる。その間、奈菜を待たせるのはおかしくないか。


奈菜はその指につられるように上を見上げた。
そしてまた葉琉花に視線をうつす。
奈菜
もう眠くはないよ。お母さんからは、何も言われてないけど……、問題はないでしょ
葉琉花は、『もう』眠くはない、という言葉に少し疑問をもった。
でも、それよりも後半の方が気になった。
葉琉花
………問題は、あるよ
そう言うと、奈菜は不思議そうに首を傾げる。
葉琉花
多分心配してるよ…奈菜ちゃんのお母さん。
奈菜ちゃんは私に、先輩たちのことを伝えるために来てくれたんでしょ?
それなら、もうその目的は果たしたんじゃん
奈菜
……伝えるだけで帰るのは、無責任だよ
奈菜が反論した。瞳は少し揺れているが、切実せつじつに想いを伝えてきていることが分かった。
葉琉花は首を振って、「それに」と続ける。
葉琉花
こんな夜に奈菜ちゃんと歩いてたら、私まで警察官に怪しまれちゃうかもよ? 捕まっちゃうかも。
ここ、警察署だからね
少しふざけたつもりだった。
この後に、「ほら、私はまだふざけられるくらいに余裕があるから、1人でも行けるよ」と言おうとしていた。
でも、そう言わなくても奈菜は納得したらしい。
奈菜
……じゃあ……うん
まだ迷っているような素振りをしながらも、葉琉花の目をじっと見つめ、ゆっくりと頷く。
奈菜
帰る…ね。はるかちゃん、ごめんね、ありがとう
口角を上げ、少し寂しそうに笑った。
葉琉花
うん…。こちらこそ、ありがとね
葉琉花は出来るだけ優しく笑って手を振る。


手を振りかえして、奈菜は消えた。
…文字通り消えたのだ。何の前触れもなく。まるで、「奈菜」という存在は元からなかった、ただの夢だった、とでもいうような、自然な消え方だった。



こんな感じなんだ、と葉琉花はなんだか納得する。
不可思議なことが起きすぎて、感覚が麻痺まひしているのかもしれなかった。
警察署に近づいていくと、その古さがより分かる。

コンクリートや木でつくられているのだろうか。その壁は、冷たさを感じさせる白色に塗られている。
時代に乗り遅れたような古さ。
早歩きをしながらそんなことを思った時、葉琉花はふと“聖夜ボランティア”の建物を思い出した。
____そういえばあの建物も、意外と古い建築様式でつくられてたよね。
もっとも、あの建物とこの警察署は明らかに違うけれど。

警察署はおどろおどろしい雰囲気だが、“聖夜ボランティア”の建物は真逆だ。

木の良い香りに包まれた時に感じた、落ち着けるような、安心するような暖かさが、あの建物にはあった。と思う。



と、その時。
葉琉花
……!
葉琉花は立ち止まった。
ぱっと、後ろを振り返る。
葉琉花が歩いてきた道の方から、こつん、こつんと足音が聞こえたのだ。1人ではないが、大人数でもない。2人かそこら。
葉琉花は辺りを見回す。とっさに、どこかに隠れようと思った。しかし隠れられるような場所はない。
この道の先には、警察署くらいしかない。
それにもしも、歩いてくるのが先ほどの警察官だったら…。
焦る葉琉花をよそに、足音はどんどん近づいてくる。

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