塔山が椅子に座ったまま、ため息をついた。
先輩も、しっかり役割を考えているらしい。これ以上ヒートアップしないように踏みとどまっている。
まぁそこまで子供じゃないか、と白萠は思った。
と、ノゾムが手を挙げた。
塔山はちらりと目をやり、軽くため息をつく。
白萠はじっと前を見た。ここでノゾムの目を見てはいけない。一瞬でも。
ノゾムが言う。塔山がノゾムの方を見た気配がした。
____ノゾムは記憶を操ることができる。
記憶を操る。
つまり、ニセモノの記憶を入れて人を洗脳することさえ可能になる。
警察官を洗脳して、その警察官に釈放させれば、堂々とここから出ることができるのだ。
それこそ、ノゾムの脱獄方法だった。いや、この魔法しかなかった、と言うべきか。
記憶を操って洗脳する、という魔法は、現時点でノゾムしか持っていない特殊中の特殊なものだ。
ただ単に洗脳する魔法は、奈菜の母の事件からも分かるようにいくつか存在する。しかしその洗脳魔法よりも、ノゾムの持つ魔法の方が強い。
現に、警察が持つ対洗脳用の魔法はノゾムに効かなかった。
つまり、ノゾムの魔法は他の魔族と比べても1番強い。
白萠はしばらく黙った。先輩も何も言葉を発しない。
白萠は、いや先輩も、決してこの魔法を支持しているわけではない。何せ、人体に影響を与えるのだ。
……しかしここから出るにはこの方法しかない。
ノゾムによると、洗脳して数週間は、しばらく意識がぼんやりするという。でもそれが過ぎれば、洗脳はもう解けている、と。
ノゾムも、そこまで残酷ではない。前も、脱獄した後すぐに洗脳を解いていた。
白萠たちも、そこはノゾムを信頼している。
だから今回の洗脳も、きっと上手くいく。
やがて、白萠は違和感を覚える。
今まで、洗脳がここまで時間を使うことはなかった。
ちらりと塔山を見ると、俯いていた。
ノゾムが、感情がこもっていないような声で言った。
「え」と先輩が小さく呟く。
白萠はゆっくりとノゾムを見る。
ノゾムは少しだけ眉をひそめて、塔山を見つめていた。
塔山が呟く。顔を上げて、ノゾムを見た。
塔山はなんだか投げやりな笑みを浮かべる。
白萠がそう尋ねたが、塔山は肯定も否定もしない。代わりに、こう言った。
そして、はあとため息。先ほどまではただただ鬱陶しかったが、今となってはそんな事はどうでも良い。
3人が見つめる中、塔山は気だるそうな表情を崩さない。
そのころ。
葉琉花たち2人は、街中を走っていた。
なぜかというと、時間は少し遡ることになる。
* *
それは、葉琉花の予想と同じだった。
でも精神的に受け入れ難くて、葉琉花は黙る。
奈菜の言葉に驚いて、葉琉花は慌てて首を横に振った。
奈菜はぼそりと何か呟いて、真剣な顔になる。
葉琉花はうつむいた。
奈菜に会って、先輩達のことを知って。今、葉琉花の中で“魔族”の定義が揺らいでいる。
ずっと前、先輩は言った。
___大規模、悪趣味、って言うけど、何を基準にしてそう言うかは知らないでしょ?
その通りだ。“魔族”というのは、たまたま強い魔法を手にしてしまった“一族”なのだ。
たまたま、そんな家系に生まれてしまっただけなのだ。
そんな人たちを、私たち“一般人”は毛嫌いしていた。
望んでそんな家系に生まれる訳でもないのに。一度は絶滅の危機を助けてくれたのに。きっといいひとだっているはずなのに。
勝手に恐れ、悪い噂を流して、避けた。
_____これは、紛う事なき“差別”なんだ。
そして、差別はループするもの。
“一般人”などと名乗る人々から嫌われ、避けられた“魔族”は、悲しみと同時に恨みをもつ。
きっと、悪いことをする魔族だって“被害者”なのだ。
もちろん、葉琉花は人生を変えたあの事件のことを忘れはしない。
でも、魔族だって“人”なんだということも、忘れてはいけない。
そう、初めて思った。思えた。
結論を出して、葉琉花は顔を上げた。
うん、と奈菜が安心したように笑みを浮かべた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。