第10話

名前がない。
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2026/01/10 03:46 更新
 のっぺらぼうを茶の間の席に座らせ、お茶をコトン、と前に置く。
五月
大丈夫?
 のっぺらぼうは何も言わないまま、俯いている。湯呑を持つ両手がまだ小刻みに震えているのを見ると、まだ大丈夫ではないのかもしれない。
 俺は何も言わないまま、のっぺらぼうの斜め向かいに座った。隣にはおばあちゃんがいる。
華生(かよ)
それで。
 おばあちゃんが口を開いた途端、一瞬のっぺらぼうの肩がピクリと跳ねた。
華生(かよ)
あなた。名前は?
 のっぺらぼうはさらに俯く。それと同時に、後ろに流していた髪がさらさらと落ちていき、包帯を巻いたカオを隠す。
のっぺらぼう
名前…
五月
うん。名前。
 流石にのっぺらぼうだと呼び辛い。確かに名前を聞いておいたほうがいいかも。
 でものっぺらぼうは俯いたまま答えない。
 暫くしてのっぺらぼうがおもむろにに湯呑を置くと、慎重に口を開く。
のっぺらぼう
無いんですけど…
五月
え?
のっぺらぼう
名前。
 名前無かった。
のっぺらぼう
生まれてこの方ずっと彷徨さまよってたもので…
 名前を付けてくれる人が居なかった…。ってことか。
華生(かよ)
五月が付けてあげたら?
 おばあちゃんは頬杖をつきながら、横目で俺を見つめている。その口元には微笑が宿っている。
のっぺらぼう
い…五月さん!
 のっぺらぼうが、ばっと頭を上げた。なんだか嬉しそうな表情をしている気がする。
五月
はい!五月です!
のっぺらぼう
僕に名前付けてくだい!
 少々身を乗り出して俺に訴えかける。
 名前…名前…俺にそんなネーミングセンスあったっけ…。
 自分の創作キャラに名前つけるとか、人にあだ名つけるとは訳が違う。こんな、生きてる人に(厳密には妖怪だけど…)名前つけるなんて責任が重すぎる。
 そんなことをぐるぐる頭に巡らせていると、のっぺらぼうはそれに気づいたようで、短いため息を一度吐く。
のっぺらぼう
そんなに深く考えなくて良いですよ。
五月
深く真剣に考えなきゃだめでしょーが!
 俺は、机をドンッと拳で叩いた。
 それにのっぺらぼうは驚いて身を引く。
五月
あ、ごめん。
 軽く顔が青ざめた、やってしまった。でもそんな俺の心境とは裏腹に、のっぺらぼうは口元をほころばせている。
五月
え、なんか面白い…?
 のっぺらぼうは、口元に袖を当ててクスクスと笑い声を漏らしていた。
のっぺらぼう
いや、ただ嬉しかっただけです。
 ニマニマとしながらこちらを観察しているおばあちゃんが、視界の端に写った。
五月
ちょ、ちょっと待ってメモ紙持って来る。
 クスクスと肩を震わすのっぺらぼうにそう告げたあと、自分の部屋にあるメモ帳を乱暴に手に取って戻ってくる。
五月
ただいま!
のっぺらぼう
早かったですね。
五月
向かいだから!
 のっぺらぼうは両手でカオを覆ってぴくぴく震えている。元気になったみたいでよかった。
 ベシッ!と手のひらサイズのメモ帳を面子のように机に置く。
五月
さあ!名前考えようか!

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