「で、いつまでやるのそれ」
基がストレートに言う。
「……何の話」
影山は目を逸らす。
「“何の話”じゃないでしょ」
向かいで湊も静かに頷く。
「見てて分かるレベルだよね」
「……お前ら、いつからそんな仲良いの」
「さっき」
基が即答する。
「利害一致ってやつ」
湊が小さくため息をつく。
「このままだと長引くだけなんで」
「余計なお世話だろ」
「じゃあ聞くけど」
基が身を乗り出す。
「今日も逃げるの?」
言葉が詰まる。
「……逃げてない」
「逃げてるよ」
被せ気味に言われる。
「お互いな」
湊が淡々と付け足す。
影山は舌打ちする。
図星すぎて何も言えない。
「じゃあさ」
基がにやっと笑う。
「ちょっとだけ、強制イベント入れよっか」
「は?」
※
その日の夜。
「……なんで鍵閉まってるんですか」
新がドアノブを引く。
ガチャ、と虚しく音が鳴るだけ。
「……あー」
後ろで影山が苦い顔をする。
「これ、絶対基だろ」
「え」
「外からロックされてる」
新が固まる。
静かな体育館。
誰もいない。
出られない。
「……ちょっと待ってて」
影山がスマホを取り出す。
着信――切られる。
もう一度――出ない。
「……あいつ」
小さく舌打ちする。
(完全に、わざとだ)
沈黙が落ちる。
広い体育館に、二人だけ。
逃げ場がない。
「……すみません」
新が小さく言う。
「いや、謝るのは違うだろ」
影山は少しだけ息を吐く。
「むしろ巻き込まれてるし」
新が少しだけ笑う。
その顔を見て――
(やっぱ無理だわ)
思う。
距離を取るとか、冷静でいるとか。
全部、無理だ。
「新」
名前を呼ぶ。
「はい」
まっすぐ返ってくる。
逃げない目。
それだけで、もうダメだった。
「……この前の」
言葉を選ぶ余裕なんてない。
「“影山くんなら”の続き」
新の肩が、わずかに揺れる。
「ちゃんと聞きたい」
一歩、近づく。
今度は止まらない。
「ごまかされるの、無理だわ」
自分でも驚くくらい正直な声。
新が息を止める。
「……あれは」
震える声。
でも、逃げない。
「影山くんだから、って意味です」
「どういう意味」
即返す。間を与えない。
「他の人じゃ、あんなに近くても平気じゃない」
心臓が強く打つ。
「……俺だからいいの?」
「はい」
小さく、でもはっきりと答える。
その一言で、全部が揺れる。
「……それさ」
喉が乾く。上手く言葉が出てこない。
でも止まれない。
「期待していいやつ?」
言ってしまった。戻れない。
新が目を見開く。
「……影山くんは」
今度は新が言葉を探す。
「どうなんですか」
逆に問われる。逃げ場がない。
(男だろ)
また、頭の中で声がする。
でも――
目の前の新から、目を逸らせない。
「……分かんねえ」
正直すぎる言葉が出る。
自分でも整理できてない。
「でも最近、ずっと新のことが気になってる」
一歩、踏み込む。影山は新の頬に手を添えて目を合わせる。
距離がゼロになる。
「新に触れんの、やめられない」
空気が止まる。
「近いって言われても、離れたくないって思う」
新の視線がが揺れる。
「それが何かは…分かんねえけど」
一瞬、言葉に詰まる。
でも。
「……多分、好きだと思う」
曖昧だが言い切る。それが本音。
新は動かない。ただ、じっと見てくる。
「……ずるいです」
ぽつりと落ちる声。
「なんで」
「“多分”ってつけるの」
少しだけ、困ったように笑う。
その顔がやっぱり可愛いと思ってしまう。
「逃げてるから」
影山は素直に答える。
「でも」
今度は、新が一歩近づく。
もう距離は変わらないはずなのに、さらに近く感じる。
「それでもいいです」
小さく言う。
「俺も、ちゃんと好きって言えないから」
胸が締め付けられる。
「だから」
少しだけ視線を逸らして、戻す。
「同じくらいでいいです」
影山は、何も言えなかった。
ただ。
「……それ、ずるいのそっちだろ」
小さく笑う。
そのまま、軽く額が触れそうな距離で止まる。
触れない。でも、離れない。
「……出られないの、まだですね」
新が小さく言う。
「だな」
「……どうします?」
少しだけ、含みのある声。
影山は一瞬だけ黙って、それから。
「……とりあえず」
視線を外さずに言う。
「もう一回、最初からやるか」
「ダンスですか」
「それ以外ある?」
少しだけ笑う。
新も、ふっと笑う。
「……ないですね」
音楽はない。
でも、二人は自然と距離を取って、構える。
さっきまでと同じはずなのに。
もう、同じじゃなかった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!