体育館の鏡に映る姿を、影山はぼんやり見ていた。
黒髪に、少し汗で濡れた前髪。
いつも通りの自分。
その隣に――
明るい髪色の新が映る。
すっとした横顔。
整った輪郭。
動きは無駄がなくて、どこか冷たく見えるのに。
「……あ」
小さく声が漏れる。
ターンを失敗して、少しだけバランスを崩す。
「大丈夫?」
思わず手が出る。
肩を支える。
「……すみません」
新が小さく笑う。
その瞬間。
(今の顔)
さっきまでのクールな雰囲気が、一気に崩れる。
少し困ったような、柔らかい表情。
(なんだそれ)
心臓が、変な音を立てる。
「いや、いいよ」
手を離す。
でも、さっき触れた感触が残る。
(……なんでだよ)
目を逸らす。
「もう一回いける?」
「はい」
新はすぐに姿勢を整える。
その真面目さも、なんかずるいと思う。
「じゃ、カウント出す」
声が少しだけ低くなる。
「5、6、7、8」
動き出す。
でも、意識がどうしても隣にいく。
髪が揺れる。
指先が伸びる。
呼吸が重なる。
(近い)
分かってるのに、離れられない。
「そこ、もうちょい――」
気づいたら、また距離を詰めていた。
腕を取る。
引き寄せる。
ほぼ、正面。
(やばい)
そう思ったときには、もう遅かった。
新の顔が、すぐそこにある。
目が合う。
一瞬、時間が止まる。
「影山くん」
名前を呼ばれる。
少しだけ低い声。
その響きに、心臓が跳ねる。
「……近いです」
前にも聞いた言葉。
でも今回は、少しだけ違う。
拒絶じゃなくて、確認みたいな響き。
「……ごめん」
口ではそう言いながら。
(離れたくない)
一瞬、そんな感情がよぎる。
自分でも驚くくらい、はっきりと。
(男だぞ)
頭の中で声がする。
当たり前のこと。
分かってる。
でも。
目の前の新を見てると、そんなのどうでもよくなる瞬間がある。
「……っ」
手を離す。
一歩、下がる。
「休憩しよ」
少し強引に話を切る。
新が、少しだけ不思議そうな顔をする。
「……はい」
ベンチに座る。
距離が空く。
でも、その分さっきの感覚がはっきり残る。
(何やってんだ俺)
ペットボトルを開ける手が、少しだけ強くなる。
隣に、新が座る。
静かな時間。
「影山くん」
また呼ばれる。
「ん?」
「さっきの」
少しだけ間がある。
「続き、やらないんですか」
視線を向ける。
新は、まっすぐこっちを見ていた。
その目は、少しだけ強い。
(逃げんなって言われてるみたいだ)
「……やるよ」
短く答える。
立ち上がる。
今度は、少しだけ慎重に距離を取る。
でも。
「さっきのとこ、もう一回」
結局、また近づいてしまう。
(ダメだ)
分かってるのに。
手が伸びる。
新の腕に触れる。
「ここ、こう」
指先が重なる。
新が少しだけ息を止める。
その反応に、また心臓がうるさくなる。
(ほんと、何なんだよ)
頭では整理できないのに。
体だけが、正直に反応してる。
「……影山くん」
「なに」
「さっきから」
少しだけ、言いづらそうに。
「近いの、戻ってます」
一瞬、止まる。
それから。
「……ごめん」
また同じことを言う。
でも、今度は。
完全には離れなかった。
ほんの少しだけ、距離を残したまま。
「でも」
自分でも驚くくらい、素直な声が出る。
「この方が、やりやすい」
嘘じゃない。
でも、それだけじゃない。
新が少しだけ目を見開く。
「……おれもです」
小さく返ってくる。
一瞬、息が止まる。
でも。
それ以上、踏み込めない。
「……じゃ、続き」
また逃げるみたいに、動き出す。
距離は近いまま。
でも、言葉は届かないまま。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。